2015年11月21日土曜日

若人に贈ることば

明けない夜はない


2人の高校生の読者から下記メッセージ(質問)をコメント欄からいただきました。




はじめまして。夜分遅くすみません。 
あゆむ様の文章を拝見し、お聞きしたいことがあるためコメントさせて頂きます。 
私は受験生の者です。この大切な時期に、精神状態がボロボロになっています。今までの人生(十数年しかありませんが)に後悔と反省が多すぎたため、その重みと現実と理想との板挟みです。ですがもちろん、人生の岐路に立ち、勉強に邁進しなければなりません。なのに、少し頑張って前向きになれたと思っても、ふと後悔がよぎりどん底に陥ってしまいます。そのサイクルが短くなり底は深まる一方です。どうにかしたいと検索していた時、このサイトに行き着きました。 
あゆむ様の文章を読んでいて少し心が楽になり、その説得力と、滲み出る優しさ、明るさに感動しました。 
あゆむ様の言葉の中に、必要な時に最適なタイミングで物事が起きる、というものがあり同感しました。また、エゴと真我の違いにも納得いたしました。
ですが、今まで自分を貶め続けているため、前向きな思考や、まして自分が神と思うことがどうしてもできません。 
どうすれば、あゆむ様のような境地に至り、エゴを捨てなおかつ全てを前向きにとらえ、良いエネルギーに変換し人生を送ってゆくことができるでしょうか。 
突然不躾にもこのような質問をしてしまいすみません。少しでもいいので、アドバイス頂けたらと思います。失礼いたしました。 
なおさん



あゆむさん 
はじめまして。私は高校1年生です。 
あゆむさんへ感謝の言葉を伝えることと、質問をさせていただきたいと思います。 
文章を書くのはあまり得意ではないので少々お見苦しいところがあるかと思いますが、何卒よろしくお願い致します。 
私はうつ病などの名前のついた病気はなく、思春期特有の悩む時期にあるそうです。 
そしてそれは、カウンセラーの先生や頼れる大人の方、友達の支えで乗り越えられつつありました。 
しかし、最近、自らの住んでいる地域で将来大きな地震が起きることが確定していることを突然思い出してしまい、とても暗い気持ちになってしまいました。 
自分が死ぬことよりも愛する家族がいなくなることがつらく悲しく、食事も喉を通らない毎日を送っていました。 
地震対策の話をしても親には深く受け止めてもらえず、ただただ不安が私の中にずっとありました。 
そこで家族とずっと一緒にいる方法、暗い気持ちを消す方法などを調べているときにこちらのブログへ辿り着きました。 
私のような悩みを持った高校生へ向けた記事を見たとき、涙がとまりませんでした。 
まだ不安は残っていますが、とても救われました。 
本当にありがとうございます。 
そして、質問なのですが……。 
私は神さまを信じています。 
どの宗教ということもなく、ただ漠然と、この世界には神さまがいて私たちを見守ってくださっているのだと思っています。 
しかし、自分は楽になりたいから神さまという存在を信じていたり、スピリチュアルの世界に足を踏み入れようとしているのではないかと不安になってしまいました。 
このような思いがあっても大丈夫なのでしょうか。 
また、思考を客観的に見る方法といいますか、エゴにとらわれない方法とはどういったことなのでしょうか。 
このようなことを初対面で質問してしまい申し訳ございません。 
不安のあまり繰り返しあなたの優しい言葉で元気をもらい続けています。 
そのことだけでも伝わっていれば幸いです。 
匿名さん

どちらも高校生ということで、これは真剣に答えないといけない…
などと思っているうちに、時間だけがどんどん過ぎていき…
このままでは何も書けなくなる…と思ったので、もうとにかく、僕が思ったままにお答えしようと思います。
僕は覚者でもなければ、悟ったわけでもない、ただの人間です。
なので、参考程度に読んでもらえたら幸いです。
(いつもは不特定多数の読者を想定して書くのですが、今日はコメントをくれたなおさんと、匿名さんに向けて書きます。あとスピリチュアルな視点からと言うよりも、人生の先輩?として、本当に素直に僕の体験談もまじえてお答えします。)

なおさん&匿名さんへ
僕がコメントをもらって、最初に思ったことは、
若くして、深く悩んでいてたいへんやな… でも、そんな若さで、人生の深いテーマにであった二人は、ある意味早熟というか、スゴイな… って思いました。
70歳、80歳になってもエゴだけの人もいます。
僕みたいに40歳を前後に、やっと本当の自分に気付き始めた者もいます。
でも今は時代がもっと進んでいて、10代とかでも、本質に気づく人もいます。
なおさんも匿名さんも、きっとそうなんだと思います。

そもそも一般的な高校生って、AAAとか、エグザイルとか(どちらのグループも僕はよく知りませんが…)、そういうのに夢中で、こんな精神世界のブログなんて読まないと思います。
このブログにたどりついたこと。そして僕の文章をよんで、何かを感じてコメントまで残してくれたことを、僕は嬉しく思うし、そういう積極性(普通はブログを読んでもなかなかコメントなんて残しません。僕も相当感動しても、ブログのコメントを残したことなんてほとんどありません)も素晴らしいと思います。
たぶん、僕とあなたが、どこかで出会っていたら、きっと意気投合というか、話が盛り上がったような、そんな親しさを勝手に感じている僕です。


では、まずなおさんから、具体的にアドバイスをしたいと思います。まずこの部分ですが…

私は受験生の者です。この大切な時期に、精神状態がボロボロになっています。今までの人生(十数年しかありませんが)に後悔と反省が多すぎたため、その重みと現実と理想との板挟みです。ですがもちろん、人生の岐路に立ち、勉強に邁進しなければなりません。なのに、少し頑張って前向きになれたと思っても、ふと後悔がよぎりどん底に陥ってしまいます。そのサイクルが短くなり底は深まる一方です。どうにかしたいと検索していた時、このサイトに行き着きました。

僕も通ってきた道なので、なんとなく共感できます。
僕も高校3年生の受験生の時に、精神的にかなりショックなことがあり、きつかったです。
具体的には、ともに受験がんばろう!なんて誓いあっていた彼女に突然ふられて、かなり落ち込んでしまったんですね…
なおさんの人生に何があったのかは僕にはわからないし、僕なんかよりもっとヘビーな問題を抱えているのかもしれません…

2つアドバイスがあります。
一つは、時間が解決してくれる…ということです。
受験生の当時は、かなり落ち込んだしきつかったけど、今現在の僕はその時のきつさを思い出すことは全くありません。というか、大学に合格した瞬間に全ての負の要素は消え去り、楽しく四年間を過ごすことができました。
そして、41才の僕と、17才・18才の時の僕は、もう完全に別人です。
痛みも悲しみも後悔も失敗も、時間の経過とともに、必ず癒えていきます。
だから、なおさんも安心してください。
今、どれだけ辛くても、必ず出口はあるし、あけない夜がないように、かならず太陽はまた登ります。
それに、失敗とか、後悔とか、そういった痛みを経験することで、人はそこから何かを学ぶことができます。
同じ立場の人にも心から同情することができるようになります。
僕の持論である、
ベストなことがベストなタイミングで起きる…
というのは、いいことだけでなく、悪い出来事も含みます。
ただ悪い出来事というのも、その時はそう思えるだけであって、ホントはその悪いことも、長い目でトータルで見ればやっぱりいいことなんです。
僕もいっぱい失敗してきて、思い出すだけで顔が赤くなって「わ〜〜〜〜〜!」と叫びたくなるような、恥ずかしいこともいっぱいしてきたし、人を思いっきり傷つけてしまったこと… 逆に傷つけられたこと…
やり直せるなら、二度とあんなことはしない…
というような出来事もたくさんありますが、やっぱり全部必要なことだったし、起るべくして全てが起こっていたんだなと思います。
なおさんも、何年かたてば、今の苦しみを遠い淡い記憶として、振り返ることができるようになります。
だから、あまり心配しないでね。

アドバイス2
ですがもちろん、人生の岐路に立ち、勉強に邁進しなければなりません。
↑この部分、よくわかります。
僕の場合は、彼女に振られたショックで精神的にボロボロになったのですが、どこかのタイミングで開き直りました。
具体的には、彼女を絶対に見返してやる! 

という負のエネルギーです…(滝汗)

そういうエネルギーがいいものかわるいものかはわからないけど、僕は気が狂ったように勉強に打ち込みました。
ちょっと受験当時のことを振り返ると…
僕は実は、高校生の時は軽音楽部でずっとバンド(ドラム)をやっていて、プロになる! なんて思っていたから、勉強は全くせずに、ひたすら音楽をやっていました。
なので成績は最低で、いつも補習地獄でした…
ただ高校3年生になった春に、やっぱり大学に行きたい! と突然思い立ち、そこから真面目に勉強をはじめました。
当時、僕の高校では、日本史の授業は選択制で高校3年生からはじまるシステムでした。今まで勉強をサボってきた僕でも、これならスタートラインはみんなと一緒! と思って、日本史をアホみたいに勉強したら、3年1学期の最初の中間テストで100点をとることができました。(日本史って頭の良さというより、暗記だけの世界ですからね…)
先生が「学年で100点はお前だけや!」とみんなの前で褒めてくれて、アホの俺が学年で1位! というのが、クラスメートをはじめ、学校のちょっとしたニュースになって、それが気分よくて、勉強おもしろい! ってその時はじめて思いました。
それで、頑張っていこう! と思っていた矢先に彼女にフラレてしまったわけです。
まあ、それも俺に原因があったんで彼女を責めることはできないんだけど…
ただ、落ち込み時期を過ぎたあとに、その痛みを勉強するモチベーションに変えて、ひたすら勉強しました。
その結果、運命の皮肉というか、してやったりというか、
彼女の第一志望の大学に僕は受かり、彼女は落ちました
当時の僕は、なんとなく
勝った!。.゜+:ヽ(*´∀`)ノ.゜+。
と思いました。

というのも、彼女は僕と別れた直後に、いけすかない奴とすぐにつきあって、その彼氏と一緒に、その大学を目指していたからです。
その二人が落ちて、僕が受かってしまったもので… 

まあ、僕も若かったということで…(・ω・`;A



ちょっと脱線してしまいましたが、僕がいいたいのは
今のピンチとかマイナスを逆にチャンスに変えてほしい…ということです。
行きたい大学があるのであれば、とにかく勉強するしかありません。
精神的な辛さ…というハンデを抱えながらも、勉強をがんばっている自分… ってきっとかっこいいです。
それで、行きたい大学に受かったら、それはすごい成功体験だと思うし、きっと自分にとっても大きな自信になります。
僕も、それまでは自分のことをアホだと思ってましたが、あの辛い受験を乗り切ったこと、そして合格できたことは、すごく大きな自信になっていて、その後の人生を大きく助けてくれました。
本気だせば、俺は何でもできる! 

ぐらいに思っています。


最近全然本気出せてないですが…(滝汗)

なおさん…
とにかく、僕は応援しているよ!
悩んでいる時って、思考が堂々巡りしてしまいます… 
そんな時は、行動すること、手を動かすこと…
それが一番なんです。

そんなことわかっているけど、それでも勉強が手に付かない…
という状況かもしれません…

でもやるしかない時も人生にはあるかもしれない。

がんばって! とは言いません。とにかく応援しています。


なおさんの最後の質問
今まで自分を貶め続けているため、前向きな思考や、まして自分が神と思うことがどうしてもできません。
どうすれば、あゆむ様のような境地に至り、エゴを捨てなおかつ全てを前向きにとらえ、良いエネルギーに変換し人生を送ってゆくことができるでしょうか。
突然不躾にもこのような質問をしてしまいすみません。少しでもいいので、アドバイス頂けたらと思います。失礼いたしました。

僕は、実はそんな崇高な境地にいるわけでは全然ありません。
日々、失敗もするし、エゴも満載な男です。
ただ、毎日けっこう穏やかで幸せです。
ちいさな不安とか心配が起きてくることもありますが、そこにとらわれることは全くなりました。
それは何でかというと、宇宙を信頼しているからです。
そして、僕という人間を信頼しているからです。
もちろん人間である僕は愚かな面も多々あるのは十分承知しています。
でも、同時に自分が神であることを知っているので、信頼できるのです。
もちろん、なおさんも匿名さんも、今このブログを読んでいるあなたも
神です。

こういう境地?に至ることができたのは、やっぱり鬱病がきっかけです。
あれがなければ、僕は自分が神だなんて思うことはなかったと思う。
それまでは、神さまは信じていたけど、それはずっと自分の外にあった。
そして、僕はエゴの僕を僕自信と思って、日々思考し、それなりに努力してがんばって生きてきました。
ただ、ウツで全てが壊れて、解体された。
救われたくて、救われたくて、本をたくさん読んだ。
ワンネス? あなたはいない? 人は死なない? あなたは神?
???????
だったけど、必死で読んだ。
そして、こんなボロボロな僕だけど、自分を神と信じることにした。
神として生きることを決意した。
そこから僕は徐々に回復して、現在では生きることが本当に楽になりました。
心配してもしょうがいない… 
それに心配しているのはエゴさんです。そのこともわかっているので、すぐに心配事を手放せるようになりました。
誰もがウツになる必要なもちろんないです。僕の場合はたまたまそれがきっかけでしたけども。
ただ、何かにぶつからないと、なかなかエゴの存在には気づきえないと思う。
だから、どんな悩みも苦難もオールオッケーでオールウェルカムなんです。

なおさんもね、悩んでいるのはなおさん自身じゃないんだよ。
なおさんのエゴが悩んでいるんだよ。
そして、それは間違ったことでもないんだよ。
ただ、エゴさんの存在に気づき、見つめてあげてください。
そして、そんなの思えない! と思っても
神である私、無敵である神の私
を信じてください。
私は神なんだ!って思えるまで思ってください。(無理やりにでも)
どこかのタイミングできっとそのことが腑に落ちると思います。
そして、それが腑に落ちたら、本当になおさんは無敵です。
敵ないなくなるし、全てが許せるようになります。
他人のことも、そして自分のことも。
人生が奇跡になります。


モーニング・サン



匿名さんへ

私はうつ病などの名前のついた病気はなく、思春期特有の悩む時期にあるそうです。
そしてそれは、カウンセラーの先生や頼れる大人の方、友達の支えで乗り越えられつつありました。

しかし、最近、自らの住んでいる地域で将来大きな地震が起きることが確定していることを突然思い出してしまい、とても暗い気持ちになってしまいました。
自分が死ぬことよりも愛する家族がいなくなることがつらく悲しく、食事も喉を通らない毎日を送っていました。
地震対策の話をしても親には深く受け止めてもらえず、ただただ不安が私の中にずっとありました。

そこで家族とずっと一緒にいる方法、暗い気持ちを消す方法などを調べているときにこちらのブログへ辿り着きました。
私のような悩みを持った高校生へ向けた記事を見たとき、涙がとまりませんでした。
まだ不安は残っていますが、とても救われました。
本当にありがとうございます。

あなたは本当にやさしい人ですね。
そして、自分を支えてくれる大人や友達がいる。
とても素晴らしいことだと思います。

あなたには、今、何ひとつ間違ったことは起こっていません。
地震のことも、これだけマスコミやネットで
必ず地震はくる
いついつぐらいにくる
この地域にくる
という情報にあふれているので、そういう不安
あなたの場合は、自分というよりも家族や友人の心配ですが、
そう思ってしまうのも無理はありません。

事実、日本は地震の多い国です。
火山もたくさんある国です。
これまでにも地震はあったし、これからもあるかもしれません。

ただ、都市が崩壊するような大地震が本当に起るかなんてことは誰にもわからないです。
いつぐらいに、この地域に… ということも言われていますが、それが実際に起きるかなんてことはわかりません。
備えること…は間違ったことではありません。
道路を横断する時に、左右を確認するような話です。

ただ…
とらわれる必要はありません。

何故ならとらわれたとしても、僕たちにはどうすることもできないからです。
地震をコントロールできる人はいないので。

ちょっと極論みたいなことを書いてもよかですか?
死は忌むべきもの、悲しいもの… という常識があります。
間違いではありません。
死にたくない… 自分もそうだし、家族や友人にも死んでほしくない…
これも当然の想いです。
僕もそう思っています。

ただ、

人な死なない
という究極の真理というか、説があります。

僕は阿部敏郎さんの講演会で阿部さんに「阿部さん自身は自分が死んだらどうなると想いますか?」と質問したことがあります。
僕の友人の母親が若くして亡くなって、相当落ち込んでいて、当時相談をよく受けていたから何らかのアドバイスをしたかったし、死後の世界について阿部さんがどう思っているの聞きたかったのです。
その質問に対する阿部さんの答えは
「私は死にません」
でした。
「ガチョーンでしょ? でも本当にそうなんですよ」
と阿部さんは付け加えました。

人な死なない… という説を受け入れるのは、けっこうハードルが高いかもしれません。
僕は昔から天国とか死後の世界については信じていたけど、

人は死なない!

という言い方はちょっと衝撃でした。

肉体的な死という意味では死はあります。
魂・スピリットと呼ばれるものが抜けた肉体はやがて朽ちて消えてなくなります。
ただ、私たちの本質であり本体である、魂・スピリットは永遠不滅で死にません。
そういう観点から見れば、人は死なないのです。

例えばの話として、地震であれ、事故であれ、病気であれ、誰かが死んだ時、人は悲しみます。
当たり前の話です。

ただ、死んだ当人は悲しんでいるのか?
実は、これについては、残された人間にはわかりません。

死後の世界とか霊界について真実を知りたい! と思っていた時期が長く僕にはあって、臨死体験の本とか、死後の世界について書かれている本をたくさん読みました。
また、実際に臨死体験をした人、身内が臨死体験をいた人から直接話を聞いたこともあります。
そして、臨死体験をした人のほぼ全員が同じことを語っています。
それは、
死は一切苦しくない

死は一切悲しくない
ということです。

そして、驚くべきことに、
死に際して人々は、最高の至福感
神の元へ帰っていく喜び
ワンネスの光に帰っていく喜び
を語っています。

なので、死にかけて、臨死状態になって再び、目を覚ましこの世に戻ってきた人は
この世に戻りなくなかった!
と一様に言っています。

よく死にかけの肉親に病床の橫で、家族が名前を呼びかけて、奇跡的に目を覚ます… というような場面が現実でもドラマでもありますが、僕の知り合いで、この状態から復帰した人はこう言ってました。
「なんで呼び戻したんだ!」
「せっかく、全てがラクになって、最高に幸せだったのに」
と。

僕は実際に臨死体験をしたことはないけど、きっとそうなんだと思います。
人の死、死後の世界について心配な人がこれを読めば一発で心配がなくなる!と僕が思う良書があります。




 どちらも超絶リアルな実話の体験談です。

そして、愛にあふれています。

神さまの愛って完璧やなって泣けてきます。

なので、僕は積極的に死にたい… とは全く思いませんが、

死ぬ時には死ぬし、それは全然悪いことじゃないなと思っています。

ただ、肉体が死ぬだけで、僕という本質、神である本質は決して滅びません。

というか、どちらかといえば、肉体とともに生きている現実世界がイレギュラーな状態であって、本来の僕たちの姿というか、状態は、肉体がない、魂・スピリットの状態のようです。


匿名さん…

こんなふうに想像してください。

あなたでもいいし、あなたの兄弟でもいいですが、

例えば冒険が大好きで
数年間に渡る世界一周旅行に出かけていたとします。

時にジャングルで猛獣に襲われそうになったり、砂漠で遭難しそうになったり、氷の世界で凍傷になりそうになったりしながらも、冒険の間、自分の生と充実感を感じていたとします。

しかし、どんな楽しい旅にも終わりがあります。

もっと旅を続けたい! と思いながらも、日本に帰り、我が家に帰ってきました。

冒険していた身としては、我が家に帰るのは、旅の終わりを意味するものであり、少し寂しさを感じたりするかもしれません。

でも、そこは元々、自分が生れ育った場所であり、家族があり、とてもあたたかな場所です。

きっと、ああ我が家に帰ってきた… と荷物をほどいて、お風呂につかって、ほっとしたら、「ああ、やっぱり我が家が一番やな…」と安心して、布団に入ってぐっすり眠りに入ると思います。

この我が家の布団に入って寝る

というのが死です。

死ってこんな感じと言われています。

それが死なら、それは苦しみとか悲しみではなく、大きな人生という冒険を終えて、ほっとして我が家であるあの世、天国とかワンネスとか神のみ元とかに帰っていくのは、すごく安心で、幸せな瞬間なんだと思います。



自分の家族が亡くなったら… と考えるだけで悲しくなる気持ちはわかります。

誰だってそうです。

僕だって、家族が死んだら、そりゃあ悲しんで悲しんで泣きまくります。絶対にイヤです。

だけど、同時に知っています。

ああ、この世を卒業して、神さまの元へ帰っていたんだな… ということを。

これは大きな救いになります。


テロで多くの方がなくったり、自然災害で多くの方が亡くったり… ということは実際にあります。

それは悲しい出来事であり、もし自分の身内や知り合いを亡くした方にとっては、そういう不慮の事故で亡くなることは本当に悲しいことです。

ただ、それが事故であれ、病気であれ、老衰の大往生であれ、神さまの愛に差別なんてものはもちろんなく、全ての魂に神の愛があり、救いがあります。

そういうことをわかった上で、僕たちは
過去を案じず
未来を心配せず
今、生きていること、
家族や友人とともに元気に生きられていることに感謝して生きていくことが大事なんだと思います。

魂は永遠といっても、肉体をもっているお母さんに直接マッサージをしてあげたり、ありがとうを言えるのは、今だけです。

だから、僕たちは、この奇跡的な人生の中で、今の自分、今自分の家族や友達や周囲にいる人に感謝して生きていく、それしかないのだと思います。


そして、質問なのですが……。
私は神さまを信じています。
どの宗教ということもなく、ただ漠然と、この世界には神さまがいて私たちを見守ってくださっているのだと思っています。
しかし、自分は楽になりたいから神さまという存在を信じていたり、スピリチュアルの世界に足を踏み入れようとしているのではないかと不安になってしまいました。
このような思いがあっても大丈夫なのでしょうか。
また、思考を客観的に見る方法といいますか、エゴにとらわれない方法とはどういったことなのでしょうか。
このようなことを初対面で質問してしまい申し訳ございません。
不安のあまり繰り返しあなたの優しい言葉で元気をもらい続けています。
そのことだけでも伝わっていれば幸いです。

僕といっしょですね^^

僕も神さまを信じています。どの宗教ということもなく、神さまを信じています。
そして、神さまは僕たち全てを見守ってくださっています。
その通りです。

楽になりたいから神さまを信じているんじゃないか? という不安もよくわかります。

スピリチュアルに傾倒するのも結局人生からの逃避じゃないか? なんてことを僕も心配していたこともありました。

宗教に傾倒しすぎたり、スピリチュアル難民になるよりか、そういう自制心というか、客観的に自分を見れるのは、むしろまともというか、安全弁がちゃんと働いているということで、すごく健全なことだと思います。

でも、その上で、神さまを信じているし、真実を知りたいんですよね?

それで間違いないです! 

神であるあなたは、本当は全てを知っています。



思考を客観的に見る方法、エゴにとらわれない方法についてですが…

まず、一番大切なことは、自分のエゴの存在を認めることです。
認識することです。

エゴだけで生きている人こそ、自分のエゴに気付かないといけないのですが、悲しいかな、そういう人は自分のエゴに気づきません。一生気が付かない人もいます。

匿名さんの場合は、どうやったらエゴにとらわれないのか? と質問しているぐらいですから、すでに自分のエゴを認識しているわけです。高校一年生で! これはスゴイことです。

エゴの存在を認めているということは、もう8割方エゴに勝利?しているようなものです。

実はね、エゴのない人間なんていなくて、どんな覚者であっても、そういう一面はあるものです。

違いは何かというと、エゴと一体化していない… ということです。

そのためには、観察です。

怒りを感じた時

悲しみを感じた時

あるいは有頂天になっている時

それを感じているのは、誰なのか?

エゴなのか、それとも神である私が感じているのか? ということをジャッジするクセをつけることです。

たいていの場合、エゴがストーリーをでっちあげていることに気づけます。

そういう時は、一生懸命自分を守るために、エゴさんががんばっているんだな〜と、ただ観察してあげてください。

エゴを消そう! とか、エゴは間違っているとか思う必要もありません。

肉体がある以上は、食欲・性欲・睡眠欲というような欲はあるし、社会的生きものである人間は、人から認められたいという承認欲求のようなものもあります。

人に面と向かって悪口を言われたら腹も立つでしょう。

やられたら、やりかえす! と思うのも人間の性かもしれません(ex:空爆とテロもエゴとエゴのぶつかりあいです)。

ただ、エゴとかストーリーで生きていると、なぜか良くないことばかりが起きます。
(ex:空爆すればするほどテロはエスカレートします)

また、エゴの強い特徴として、人より勝りたい!という意識があります。
しかし、競争社会にゴールはなく、エゴで生きていたら、心から安らげる瞬間というのがありません。

逆にエゴから離れ、神として生きれば、不思議なぐらい、悪いことが起きなくなり
いいこと、嬉しいこと、たのしいこと、おだやかなこと、ばかりが起きます。

幸せやな… ありがたいな…

と思えることばかりになります。


匿名さんも、すでにそういう生き方を選択しているんだと思います。

きっと、いろんなことがどんどん良くなっていくと思います。




PS
なおさん&匿名さんへ さいごに


なんだか人生の先輩よろしく、上から目線で書いてしまってm(_ _)m

偉そうなことをたくさん書いてしまいましたが、僕は聖人君子とは対極にある
エゴ&煩悩マシーン…時々反省…みたいな男です。

心配することもあるし、文句を言いたくなく瞬間もあります。

でも、やっぱり人生って楽しいです。

素敵な人がいっぱいいます。

あなたたちと、こうやってブログを通じて出会えたことも素敵なことです。

見ず知らずの41歳のおっちゃんに相談してくれて、こういうのって嬉しいです。

あなたは神で、人は神です。

だから神である自分を信頼すると同時に、神である人間を信用して、人にはどんどん相談していいし、頼ってもいいんです。

人生ゲームの楽しみって人との出会いや関わりあいです。



僕にも高校生の時がありました。

それから20数年さらに生きてきましたが、楽しいことがいっぱいありました。

辛い経験もあったのかもしれないけど、あんまりよく覚えてないです。

きっと、なおさんにも、匿名さんにも、これからたくさんの楽しい出来事が待っています。

とにかく、ありのままのあなたで、あるがままに、好きに人生を生きてください。

二人の若人のこれからの人生にますますの幸あらんことを!



PS2
コメント欄で二人にアドバイスしてくださった方、ありがとうございました!
(*^_^*)





編集後記

AAAはよくわからない僕ですが
BABYMETALは大好きです。

何年か振りにライブに行ってきました!
(Zeppなんば)



おすすめの本

ついに読みはじめました。
本が分厚くて重い…
手にもっては読めません…
でも、内容は深い!
究極の一冊かもしれません。
まだ8分の1ぐらいしか読んでませんが!






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