2016年9月26日月曜日

iphoneバキバキに壊れた事件

iphoneバキバキに壊れた事件

iphoneがぶっ壊れた…


私ごとですが、つい先日、スポーツジムの駐車場で、とある墜落事件が起こりました。

まあ、墜落事故といっても、
オイラのiphoneが落ちただけなんですけどね…(苦笑)

ジムの駐車場について、車から降りようとドアを開けた瞬間に手にしていたiphoneが、けっこうな勢いで滑り落ちて、画面がアスファルトの地面に直撃してしまいました…。

パカパカ開閉できる皮のiphoneカバーをつけていたのですが、開け閉めが面倒くさく、その時もカバーを開けっ放しにしていたことを、落とした瞬間に若干後悔しました。

ただ、僕はiphoneは初代の3Gからずっと機種変更しながら使い続けており、今までにも何度も、何十回もiphoneを落としてきました。(アホですね…)

もっと高いところから落とした時でも液晶が割れることはなかったので、この時も安心していたのですが、拾い上げた僕のiphoneの液晶は

どっひゃー!!!!!

というぐらいバキバキに割れていました…(上記写真を参照)
_| ̄|○

一瞬、その場で固まってしまったことは認めます。

でも、この時すごく不思議な感覚がありました。

僕はPCもずっとMac一筋で、携帯もずっと初代iphoneから使っているかなりのApple信者で、ジョブズのこともRESPECTしています。

そしてiphoneは、僕が肌身離さずずっと使っていて、自分の持ち物の中では、MacBook Proと並んで、最も高価で、最も大切な道具です。

それが、無残に破壊されてしまった…

今までの僕なら、相当なショックを受けていたと思います。

でも、この時の僕は強がるわけではありませんが、不思議なぐらいに落ち着いていて、こう思ったんです。

「これは一体、何を意味しているんだろう…?」と。

そして、同時にこうも思いました。

「ああ、iphoneが僕のために壊れてくれたんだな」と。


善きことしか起こらない


僕がこのブログでずっと書いてきたことの一つに

宇宙にも人生にも

善きことしか起こらない。

ベストのタイミングで必要なことが起きる。

というものがあります。


僕はこの法則を心から信じていて、そのことが腑に落ちてからは、あまり物事や出来事に振り回されなくなったし、落ち込んだり、後悔したり… ということがほとんどなくなっていました。

そして、このiphoneを落とした時は、まさに前回記事「今この瞬間への旅」を読んでいた時であり、僕の心は常に〝いまここ〟に在ろうと、開かれた状態だったのです。

(↓この本)


そういう、ある種、高尚? な、気分でもあったので、以前であれば狼狽したであろう、iphoneの墜落にも落ち着いて対処することができたのでした。

そして、少し落ち着いてから、僕がどう思ったと思いますか?

僕は

「ああ、ありがたいなあ…」

と思ったのです。

これは強がりでもなんでもなく、本当にそういう思いが沸き起こってきたのです。

というのも、恥ずかしいことをここで、告白しますが、僕は重度のスマホ中毒でした。

メールのチェックや返信等で、俺はビジネスでiphoneを活用している!

と自分では思っている部分もありましたが、実際には、ダラダラとネットサーフィンをすることが多く、タバコを吸いながら、スマホでダラダラ…

ちょっと休憩… とソファに寝転んでスマホでダラダラ…

眠くなるまで… と、布団の中でスマホでダラダラ…

特に、布団の中でのスマホは、ブルーライトの影響か、眠くなるどころか、ますます目が冴えてきて、時に夜中の2時、3時… と、布団の中で、数時間スマホを見続けることもありました。

全く非生産的な時間です。

これは、問題だという自覚はあったので、僕は、自宅に戻ると僕のスマホを奥さんに預けていた時もあったほどでした。(その後、やっぱりそれは不便だと、預けることもなくなりました。やっぱりスマホ中毒だったのだと思います)


墜落したことにより、僕のiphoneは本体が故障したわけではありませんが、液晶が全面的にバキバキに割れて、視認性が極めて悪くなってしまいました。

ブルーライトカットの保護シールを貼っていたので、ガラスは飛散しませんでしたが、貼ってなかったら、液晶のガラスはバラバラになっていたと思います。

でも、とにかくそのバキバキの画面を見た時に、もう、こんな画面では何も見たくない… と思いました。

そして、これでスマホを強制的に卒業やな…

と思ったのです。

その時に、

ああ…
宇宙が僕のスマホを、
僕を中毒から救うために壊してくれたんかな…

と。

ああ、ありがたいな…

と、思ったんです。

多分、スマホは、宇宙が壊したわけでも何でもなく、単に、僕がドジで不注意だったから割れただけだとは思いますが、不思議な安堵感があったことは事実です。

実際、その日から、僕はスマホを見ることがなくなりました(電話のみ使用)。


まあ、これは、それほど大きな事故ではありませんが、

ベストなタイミングで、その時に一番必要なことが起きる

というのは、今回のことでも、僕は身を持って体験できたような気がしています。



誰だって、自分の大切なものが壊れてしまったり、失くしてしまったら、かなりショックを受けると思います。

でも、それって、結局は執着なんですね。

そして、執着というのは常に不幸を生み出します。

執着も、そして悲しみも恐れも、全部作りだしているのは、自分のエゴ・マインドです。

マインド・エゴから離れて、大いなる意識として在れば、そこに悲しみや恐れは存在しません。

そして、善も悪もなくなります。

要は、宇宙を、神を信じているかどうか!?

に尽きます。

宇宙と神を信じていれば、無敵です。

全ては善きこと

という世界で生きていると、何があっても大丈夫です。(*^_^*)


編集後記


この後、iphoneが壊れたことで、さらに僕にとって、

不思議な善きことが起こりました。

それについては、次回記事で紹介します。


PS
前回の記事の編集後記で、BABYMETALの東京ドームコンサートに行ってきます!
と書きました。

この興奮を記録に残さねば… と帰りの新幹線の中で、ブログに記事をあげたのですが、さっきアクセス解析を見たら、誰1人として読んでいないことが発覚しました…

アクセス… 

ゼロです_| ̄|○

ということで、読者層が全く違うことはわかってますが、興味がある方がいるかもしれないので、リンクはっておきます。

BABYMETAL東京ドームLIVE観戦レポートその1





※上記レポートには、スピリチュアルな内容は一切含まれておりません。
※BABYMETALファンには響く内容だと思いますが、ファンでない場合は、ただのキモいオッサンのイタイ文章でしかないわ… とそっ閉じしてしまうことを警告しておきます。(^_^;)

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2016年9月15日木曜日

「今この瞬間」への旅

「今この瞬間への旅」レナード・ジェイコブソン

本日は、良書を紹介したいと思います。

それはレナード・ジェイコブソンさんの『「今この瞬間」への旅』という本です。

この本は、僕の欝が一番ひどい時にメンターさんが送ってきてくれた本なのですが、当時は最初の数ページを読んだところで、読めなくなって、二年近くもずっと本棚で眠っていた本でした。

それが、本当にたまたま3日程前に突然目に入って読み始めたところ、ものすごくおもしろくて、今の僕にピタッとハマってしまいました。

エックハルト・トールさんの「ニューアース」も、手元に来てから読み始めるまでに1年以上がかかったのですが、本って本当にタイミングがあると思います。

その時、その時で、しかるべきタイミングが来た時に、今の自分にとって一番必要な情報にアクセスできるのだと思います。

この本については、僕の解説なんかをはさむよりも、直接読んでもらうことをオススメしたいので、内容についてはあえて紹介はしません。

ただ、この本のページを開くたびに、大きな発見があって、そして〝いまここ〟につながらせてくれます。

逆に、この本を読みはじめて、僕はやっぱりずっと〝いまここ〟にいなくて、ずっと思考が暴走しているな… と。

マインドの世界で、エゴの世界で生きているな… ということを気づくつことができました。

まだ、本の3分の2ほどしか読んでないのですが、一文一文を何度も繰り返し、味わいなら読んでいます。

内容がすごく深いからです。

でも、文章そのものはシンプルで決して難しい内容ではありません。

エックハルト・トールさんの本よりかは、かなり簡単で読みやすいです。


あとは、これは本当に個人的な感想ですが、僕が思っているスピリチュアル観と一番一致しています。

というのは、スピ系の多くの本、覚者とかマスターによって書かれた本って、最後にはノンデュアリティ(非二元)、ワンネスということが結論になってくるのですが、魂とか輪廻転生とかについては、以外なほどに言及してなかったり、あるいは否定していることが多いんです。

でも、レナード・ジェイコブソンさんは、魂ということもしっかりいっているし、前世の記憶とか、生まれ変わりについてもはっきりとわかりやすく説いています。

読んでいて、我が意を得たり! ということばかりだし、今までの僕のあいまいな理解に一つひとつ答えを返してくれているような感覚があります。

レナード・ジェイコブソンさんは、世界中で、リトリートや個人セッションも行っていて、本の中では、欝とか痛みとか苦しみで悩んでいる参加者がリトリートや個人セッションの中で癒やされていく過程も紹介されているのですが、このあたりの記述は、今現在、欝とか大きな悩みなどで人生に苦痛を感じている人にとっては、救いにつながるヒントがいっぱい書かれています。

僕はずっとエックハルト・トールさんが一番わかりやすくて、しっくりきていたのですが、レナード・ジェイコブソンさんの本を読んだことで、大好きなマスターがもう1人増えた… という喜びがあります。

レナード・ジェイコブソン
レナード・ジェイコブソンさん。オーストラリア出身でアメリカ在住


最近はスピリチュアルがブームで、本屋にいけばスピ系の新刊本が山ほど出版されていて、僕も多くの本に目を通してますが、中には、ちょっと内容薄いな… とか、結局エゴを増強させているだけだな… というような本もあります。

自己実現とか、成功とか、引き寄せももちろんいいのですが、それ系の本を読んでも、結局スピリチュアルエゴが強化されるだけ… ということもありがちです。

この本は、そういう表面的なことを超越して、〝いまここ〟という、神と一体の〝I AM〟、本当の自分、神である自分、ワンネスに帰る方法。つまり真に目覚める(悟る)ための方法がわかりやすく書かれています。



僕は、スピリチュアル系の本を今まで300冊以上は読んでいますが、これはすごい! という本は、それほど多くはありません。

また、何度も繰り返し読み返す本となると、本当に数冊しかありませんが、この『「今この瞬間」への旅』は、その数少ない繰り返し読む本の一冊になりそうです。

「ニューアース」と双璧をなす本に出会えたことに感謝です。


人生を変えるパワーをもった本って本当に貴重です。

万人にオススメできる本です。



Amazonのレビューが熱すぎです!
…が、レビュアーの気持ちがよくわかります。^^




編集後記

まったくの私事ですが、9月19日(あと4日後!)、人生初の東京ドームに行きます。
ジャイアンツを応援しにいく! というわけではありません。
BABYMETALのライブに行くんです。

BABYMETAL東京ドームチケット


BABYMETALのライブは、去年のツアーのZepp大阪でも見たんですが、初の東京ドームなので、歴史的な瞬間に立ち会えるのが嬉しいし、何かが起きそうな予感がして、ちょっと今から緊張しているぐらいです…(本当に好きだと嬉しさより緊張が来るもんですね)

このブログを読んでくれている人で、BABYMETALの東京ドームコンサートに行く人がいるかどうかはわからないけど、もしいたら…
当日は一緒に萌え氏にましょう!(*^_^*)



PS
レナード・ジェイコブソンさんの本にハマったら
きっとこの本にもハマるでしょう。



過去記事を読むなら、バックナンバーをどうぞ
恥ずかしい記事もいっぱいありますが…(滝汗)

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2016年6月22日水曜日

幸せに生きるためのヒント

幸せに生きるためのヒント


幸せに生きるためのヒント
を今日は書きます。

今この文章を読んでいるあなたも、そして書いている私も、おそらく全ての人が幸せに生きたい… と願っていると思います。

でも、実際には、日々の生活の中で不安や悩みを抱えている人がほとんどだと思います。

どうして私たちは不安や悩みを常に抱えているのでしょうか?

あの人に嫌われているかも…
というような人間関係の不安

貯金がほとんどないけど生活していけるだろうか…
というような経済的な不安

大きな地震が来たらどうしよう…
というような自然災害に関する不安

などなど…

誰もが何かしらの不安や悩み、あるいは恐怖を抱えているかと思います。

でも、同時におそらくほとんどの方が、そういう不安を抱えながらも、日々小さな幸せを感じる場面も多々あるでしょう。

好きな人(恋人であれ、同姓の友人であれ)と過ごす楽しい時間。

仕事をやり終えた時の達成感。

映画やドラマを見て感動する時間。


つまり僕達は、不安や悩みを抱えながらも、同時に、幸福感や充実感もちゃんと持っているわけです。

ということは…
幸せに生きるためには、この抱えている不安や悩みを人生から消してしまえば(あるいは小さくしてしまえば)、私たちは幸せに生きることができる。ということなんです。

そんなことはわかっている… 当り前のことだ。
でも、心配事や悩みはつきないし、現に実際に私は今苦しいんです…

そんなあなたの声が聴こえてきます。

わかります。

僕もずっとそうでした。それに今でも不安や心配はゼロではありません。

ただ、たった1つの考え方を人生に取り入れることで、今では不安や恐怖に支配されることはなくなったし、かなり人生を生きるのが楽になりました。

その考え方、コツのようなものをあなたにシェアしたいと思います。



不安・心配・恐怖の正体


人生から不安や恐怖を取り除くことができれば幸せに生きることが出来る。と書きました。

そして、そのことは可能です。

不安や恐怖に打ち勝つためには、まず

不安や恐怖の正体を見極める

これが、一番最初の大切なステップです。

なので、不安や恐怖の正体をあなたにお伝えします。

不安や恐怖の正体…

それは、ズバリ…

エゴ

です。


エゴ…
と聞くと、一般的には、わがまま… 自分勝手…
自分さえよければ、人が苦しもうがどうでもいい… というような考え方をエゴと捉えがちですが、それはエゴのほんの小さな側面に過ぎません。

エゴというのはもっと深くて、
他人に譲りすぎてしまうのも
自分に自信がないのも
自分を責めるもの
人に嫌われたくないのも
全部、エゴの現れなんです。

そして、恐ろしいのは
エゴというのは、自分の中に抱えている闇… とかそういう次元ではなくて
ほとんどの人間は
エゴという魔物に完全に支配されています。
(憑依されいてるとも言える)

というか、
エゴと完全に一体化しています。


24時間、寝ている時間以外は、ずっとエゴが自動運転で自分を操っている
と言っても過言ではないぐらいです。

そして、これはとても重要な部分なのですが、
多くの人間は、あまりもエゴと一体化しているために
自分のエゴに全く気づいていません。

もし、あなたが日常的に
不安や心配を感じることが多いのであれば、それは残念ながら
エゴに支配されている可能性が高いです。

というのは、エゴには様々な側面がありますが、
エゴの最たる仕事は
不安や心配を作ること
だからです。

ここで、ガラッとスピリチュアルな真実を伝えますが
人は神です。
神が肉体を持った人間として人生ゲームを楽しむために、私たちはそれぞれいろんな姿形をもってこの世に生れてきました。

私たちは本当はずっと神と共にあるのですが、残念なことに、この人生における一番大切な事実を知らなかったり、忘れたりしているのです。


赤ちゃんは私たちに大切な真実を教えてくれています。

生れたての命は全くの純粋無垢であり、不安や心配とは無縁です。
神そのものです。
世界の経済事情とか、イギリスがEU離脱!? とか、都知事が公費で家族旅行!! とか、ベッキーに続きのファンキーでモンキーなベイビーまで!!!
とか、そんなことには一切とらわれず、振り回されず、ただ〝いまここ〟に全ったき命を生きています。

お腹が空いた… おむつが気持ちわるい…
そういう本能的な意味で赤ちゃんは泣くことはありますが
大人のように、過去を案じ患って、あの時こうすれば良かった… とか、
これからの私の人生はどうなっていくんだろう… 的な将来の不安とは全くの無縁です。

幸せですね。赤ちゃんって。

あるいは、幼児の生き方も僕たちのモデルになるかもしれません。

大人になると、一度人間関係がこじれると、なかなか修復することができません。
非常にドロドロした復讐劇… なんてこともよくあります。

でも、幼児ってたとえばおもちゃの取り合いでケンカをしたりしても、
「ごめんね」
「いいよ」
で、さっきまでのことはケロっと忘れて、すぐに仲良く遊びに集中することができます。

幼児には、すでにエゴは萌芽していますが、それでもまだ神からあまり離れていないから、私たちは子どもの姿に癒やされるのです。


エゴ…
本来、神として生れてきた私たちにはそんなものは存在しませんでした。

でも、生きていく中で、成長する過程において、私たちは、自分の中にエゴを生み出し、エゴを育て、やがてエゴに支配されるようになりました。

社会生活ってなかなかにハードモードです。

小学校だって、テストがり、競争があります。
ウソをつかれたり、仲間はずれにされたり…
それに指導している教師自体がエゴの固まりです。
(もちろん素晴らしい先生も多いです。でもそんな先生でもエゴはしっかり持っています)

受験、就職試験…

社会人になってからは、まさにエゴとエゴのぶつかりあい
さながら戦場です。

失敗はゆるされないプレッシャー…

マスコミの悪影響もひどいです(まさにエゴ生成工場)

経済不安を煽り
殺人とかイジメなどの暴力事件を連日報道し
不倫とかのゴシップを連日報道

こんな情報に毎日さらされていたら、誰だってストレスで心を病みます。

テレビをつければ、ドラマの主人公はリア充満開の恋でイケメンとラブラブ…
バラエティではセレブの豪邸特集…

こんなのを見れば、誰だって今の自分は満たされていない…
幸せじゃない… 成功してない…
自分はダメなんだ…
と自己否定のエゴがもたげるに決まっています。

なので、僕もあなたも、エゴはあって当然なのです。

この世で生きるということ自体が、エゴの世界の中でエゴとして生きる
ということでもあるわけです。

でも、だからといってエゴとして毎日
不平不満を抱え、不安や恐怖や怒りを抱えたままで
私たちは真に幸せに生きることができるのでしょうか?

無理です。


エゴまみれでも、競争に勝ち、一時的な成功を収めること
これは可能です。

ハネムーンでハワイ…
ラブラブで幸せの絶頂…
瞬間的な幸せを感じることは誰にでもできます。

でも、結婚って、あくまでそれはスタートであって、
そのあとの日常、
すれ違い
誤解
ケンカ
妥協…
とか、そういう一筋縄ではいかないリアルな日常こそが夫婦生活のメインステージなわけで、それこそエゴとエゴのぶつかりあいがはじまっちゃうわけです。(もちろん夫婦ゆえの幸せな日常の瞬間も多々ありますが)


どれだけしんどくても会社に行かなければならないし
仕事では結果をだし続けないといけないし
家事から逃げることはできないし
子育てから自由になることもできない…

お金…
人間関係…
病気…
死…

悩みはつきないと思います。

でも、そんなふうに悩みや痛みにフォーカスしている自分が本当はイヤじゃないですか?
心配事をふきとばして、笑ってハッピーに生きたくないですか?

そのためのヒント(結論)を今から書きます。



幸せに生きるためのヒント


おそらく現代に生きるスピリチュアル界の第一人者といえば
エックハルト・トールさんでしょう。

エックハルト・トール
エックハルト・トールさん(完全に悟っちゃった人です)


そのエックハルト・トールさんは著書の中で
様々に表現を変えならがひたすら
エゴについて、
エゴの正体について書いています。

全ての不幸の原因はエゴ

と結論ずけています。

そして、エゴに打ち勝つ方法として、ひたすら

エゴを観察せよ

と教示してくれています。


エゴを観察すること。
これが幸せに生きるためのヒントです。




……
………俺、
偉そうな上から目線で「幸せに生きるヒント」なんて文章を書いてますが、
3年ほど前は、
欝病で無職で、
死にかけ人間でした…
(過去記事に詳細あり…)。


でも、そんな苦しみの中で、どうにか救われたくてスピリチュアル系の本をむさぼるように読みまくりました。(欝当時だけで50冊は読みました。その前後にもたくさん読んでいたので、トータルで400冊ぐらいのスピリチュアル本を読了してます)

それで、悟りとかワンネスとかエゴとか、覚者が語るこの世の真実を知ったわけですが、結局はどの本も、どの覚者も同じことを違う表現で言っていることがわかりました。

シンプルに僕なりに覚者が語るこの世の真実を3つのポイントにまとめると…

①全ての問題・不幸の原因はエゴ

②しかし本当は人間は神
(エゴから離れた真我の自分は神)

③善きことしか起こらない
(なぜなら人は神だから)

という感じです。

この3つの真実は本当に真実です。

…と断言したいのですが、僕自信は悟ったわけでも
神秘体験をして宇宙の真実を見てきたわけでもないので
断言は出来ません。

でも、僕はこの覚者たちのメッセージを
信じて
受け入れることで
実際に欝病が治り
不安や恐怖に支配されることがなくなり
ずいぶんと楽に、そして毎日、幸せだなあ… 
と思いながら生きられるようになりました。


そういう実体験というか効果があったので、
わざわざこんな文章を今、あなたのために書いてます^^

人間は神… とかってちょっと抵抗あるかもしれません。

なので、とにかく
あなたが取り組むべきは
ファースト・ステップである
エゴの観察
です。



エゴを観察する方法


エゴを観察する方法。
これは実は簡単です。
うつ病全開だった僕でも取り組むことができたので、あなたにも必ずできます。

エゴを観察するために絶対に必要なこと

それは…

自分のエゴの存在を認めること

です。

これが全ての始まりです。


もし自分のエゴを認めたくない人がいたとしたら
それこそがエゴです。


エゴの特質として
エゴの存在を認めない
というのがあります。

なぜなら、
エゴが最も恐れていることは
エゴの消滅です。
エゴに気づく… ということは
エゴにとっての終わりの始まりです。


なので、エゴはどこまでも巧妙にエゴの存在を隠そうとします。

エゴはあなたからエゴの存在を隠すためにどこに隠れているのでしょうか?

鍵のかけられた箱の中でしょうか?

灯台下はまっ暗がり… という言葉がありますが

どこまでも巧妙なエゴは最も見つからない場所
あなたが最も探さないであろう場所に隠れました。

そう、あなたの中にです。

隠れた… という表現も正しくはありません。

エゴは私と完全に一体化しているのです。

一体化しているがゆえに、
私は意識しない限りは絶対にエゴを見つけることができません。


こうして、最後の最後まで、エゴと一体化したまま、本当の自分、神である自分を全く思い出さないまま、死んでいる人も多くいるのです。

普通、年をとり死が近づくとだんだんと、欲望も薄れて、本質へと帰っていく方も多いのですが、けっこう老人でも虚栄心とか権力欲とか執着とかますますひどくなっていく老害と呼ばれるような方もいますよね…(^_^;)

そういうのって本人もしんどいと思います。

幸せじゃないと思います。


そうならないためにも、エゴの正体を見破り、
エゴから離れて私たちの本質である真我・神に帰らないといけません。

そのための第一歩が自分のエゴの存在をまず認める。

私にはエゴがある。

と。


そして、エゴのメイン業務は
不安・心配・怒りを作りだすことです。

なので、毎日の中で不安とか恐怖とか怒りを感じる瞬間があったら

あ! 
エゴがまた騒いでいるな…

と、自覚することが最初の一歩です。


普通人間は、悩んでいる時、私が悩んでいる… と思います。当然です。
でも、違うんです。
それは厳密にいうと、
エゴと一体化した私が悩んでいるんです。

その悩み自体もそもそもが
エゴ自体がでっちあげた悩みなんです。


本当のあなたは神です。無敵です。愛そのものなんです。

なので、そういうマイナスな感情が湧き上がってきた時には

あっ… 
これがエゴだな

と冷静に一歩ひいて客観視することが大切です。


この冷静に客観視するだけでも、不安や心配は実際にかなり軽減されます。

とは言っても、現に私は今、本当に悩んでいるんです。
客観視したところで悩みがふわっと消えてはくれません!
本当に苦しいんです!

それも実はエゴの声なのですが、
その段階もまた全ての人が通る道なので、
安心してください。


確かにエゴを自覚し、観察したからといって、全ての悩みが瞬間的に消えるわけではありません。
でも、例え悩みが消えなかったとしても、
この不安の正体はエゴかもしれない…
と冷静に客観視したあなたは、
その時点で既にエゴに対して

強力な一撃
(超!超!超! 会心の一撃的な…)

を食らわしています。

防戦一方でエゴに振り回されていた人生から
あなたははじめて攻撃に転じたのです。

反撃の狼煙はすでにあげられました。

あなたはやっと主体的に、自分の人生を自分の意志(エゴの意志ではなく)で、自由に生きることを選択したのです。

今はまだエゴに勝てなくて、すぐに不安の波が押し返してきたとしても、それでもあなたは確実に最初の一歩を踏み出しました。


この最初の一歩。

エゴを認め、観察する。

これをするかしないか…
それが全ての人にとっての人生の最大の分かれ目です。


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解説・エゴとの勝負


エゴの観察をはじめても、最初はなかなかうまくいきません。
エゴを観察することで、不安を消し去る… これを勝利と呼ぶのであれば
最初のうちは、せいぜい一勝九敗ぐらいです。

僕たちは、何十年もエゴとして生きてきたので、エゴの考え方が染み付いてしまっているので、エゴを観察したからといって、そんな簡単にエゴには勝てません(悩みは消えません)。

どんな習慣(エゴ)でも、やめるのには時間がかかります。
また、新しい習慣(エゴの観察)を始めるのにはパワーがいります。

でも、エゴの観察を無理からでも続けていくことで、だんだんと本当により冷静にエゴを観察できるようになってきます。

何故なら本当に全ての恐怖や不安は自分(エゴと一体化した自分)が作りだしたものであることがわかってくるからです。

相手(エゴ)の正体を見破り、恐怖や恐れは幻想に過ぎなかった…
そんなふうにこの不安の正体であるエゴの手法・トリックを見極めてくると

勝率は五分五分ぐらになってきます。

この勝率が五分を超えると人生が大きく変ります。

まず不安や心配そのものが、ほとんど出てこなくなります。
出たとしてもエゴを観察することで不安は消え去ります。

そういう状態になってくると、
マスコミ狂想曲に踊らされることもなくなってくるし、
他人の視線や評価も気にならなくなってくるし
不平・不満自体も出てこなくなってきます。
魂が安定してくるのです。

そして、いつのまにかエゴに対して
全勝(に近い)状態になってきます。

この状態になると、

人生には善きことしか起こらなくなります。

例え何かしらのアクシデントが発生しても、それを自然に善意に受け取ることができるようになります。

実際に後になってから、
ああ、あの時のマイナスに見えた現象は、このプラスを起こすための伏線だったんだな… みたいなつながりが出てきて、安心して人生の波に乗れるようになります。

幸せしかない人生のボーナスステージ状態に突入します。

(解説以上)

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このように、不安や恐怖に支配されることなく、幸せに生きるためには

エゴを認めることから全てがはじまります。


例えるなら
あなたは今、人生のプラットフォームで
一人の人間として、日々、小さなしあわせを感じながらも、たくさんの不安や心配ごとを抱えています。
そこに2つの列車が到着しました。

天国行き ハッピー・トレイン

地獄行き ヘル・トレイン

です。

あなたはどちらの列車に乗りたいですか?

自分の中のエゴに気づいた人・エゴを観察している人
(あるいはエゴを認めようと決断した人)
は、実はすでにハッピートレインに乗車しているんです。

出発直後はエゴの影響で、列車は時に激しく揺れたりもします。
もしかして私は間違えた列車に乗っちゃたのかも…
なんて不安が出る瞬間もありますが、安心してください。
時間の経過、列車が進むに連れて、線路は平坦になり、車窓から見える景色も美しくなり、あなたは確信をもって、幸せな人生の道を進むことでできるようになります。

エゴ? スピリチュアル? 人は神!?
はぁ〜〜〜〜!?
俺は俺の欲望のままに成功者になるんじゃい!
とヘル・トレインに乗っている人もいます。

それぞれの人生です。どんな生き方を選ぼうがそれはそれぞれの自由です。

でも、ヘル・トレインってかなりハードです。
刹那的な幸せはありますが、かならずどこかで壁にぶつかります。
成功したらしたで、今度は失敗したらどうしよう…
転落したらどうしよう…
という不安・恐怖は倍増します。
幸せな人間関係を築けたとしても
逆に裏切られたらどうしよう… 捨てられたらどうしよう…
的な不安も倍増します(だって、それがエゴの特質だし、エゴで生きている以上、そういう不安は一生つきることなく、増大し続けます)。


告白…
僕はね、それなりに善良に生きてきたつもりだったけど39歳まで、
このヘル・トレインに乗っていました。(滝汗)


人を蹴落として欲望ギラギラ… タイプではなく、
人に認められたい・受け入れてもらいたい… というタイプのエゴと一体化して生きてました。
全力で前向きに生きているタイプでした。
自己啓発書とかビジネス書を読みまくっているタイプ。
仕事の効率をあげて、成果をあげよう!
と張り切っている、そんなタイプの人間でした。

でも、僕が必死でがんばっていたのは、結局は
人に認められたい… 
ということだったんだと思います。

人の目をすごく気にしていました。
人からの評価をすごく気にしていました。
褒められると嬉しいし、
否定されると苦しみました。
一番の根っこで、僕は自分に自信がなかったのだと思います。

幸せも喜びも充実もある39年間でしたが、
いろんな、ありえないような現象も起きて、
39歳でうつを発症。僕の人生はいったん強制的にリセットされました。

鬱病当時は地獄だったけど、今になればその最悪の事態である鬱病こそが僕の人生における最大の転機で、まさにあれこそが神の大いなる一手であり、神の恩寵であったと確信しています。


なので、もし、あなたが今現在
欝な状態であったり
あるいは、大きな苦況の中、大きな不安や心配の中に生きているならば
それは逆に大いなるチャンスだと思ってください。

よっぽどな(ショッキングな)ことがないと
人間って変りません。変われません。変わりたくありません。

だから、あなたが今、試練のまっただ中にいるのであれば、
それは神の恩寵が、やっとあなたの元にも訪れたんだと信じてください。善きことが起こりはじめたんだと信じてください。
(これ、ホンマですよ!(*^_^*))



ハッピー・トレインとヘル・トレインの話に戻りますが、
ありがたいことに、列車はいつでも乗り換え可能なんです。

現に僕も39歳という人生の折り返し地点で乗り換えることができました。

このタイミングが遅かったのか、早かったのかは僕にはわかりませんが、
僕にとってはベストなタイミングであったと確信しています。



あなたが今、こんなどこの馬の骨ともわからない、無名の僕のブログを読んでいるのは偶然ではありません。

こういう情報に出会うタイミングが、今あなたに訪れているのだと思います。

ハッピー・トレインに乗って、
一緒に旅をしませんか?
(*^_^*)




編集後記


いつも夜に書くブログを今日は突然の思いつきで
朝イチから書きました。
短くコンパクトに書く! とだけ思ってノープラン書き始めたのですが、気がつけば二時間以上も書いてました。

えっと…
スピリチュアルって玉石混交ではありますが、
覚者、いわゆる悟って、この世の(あの世の)真実を見てきた人っていうのは確かにいて
そういう人の書いた文章ってすごくパワーがあります。
そして文章が美しいです。
愛にあふれているので、読んでいて本当に心が現れるし、魂が震えたり、涙が流れたりもします。

僕は、そういった覚者の言葉によって本当に救われました。

スピリチュアルって決してフワフワしたものではなくて、
そこには確かな愛と智慧があって、しっかりと地に足がついたものです。

それで、最後にお伝えしたいのは、
地球は行動の星
ってことです。

スピリチュアルに生きればいい!
からといって、毎日瞑想だけしていればいい、という話ではないということです。

自分を大切にすることは大事。当たりまえ。
でも、人を大切にすることも大事であり、自分を大切に思うのであれば、それは人を大切に思うことも当り前の気持ちです。

働くということは、傍を楽にするから「はたらく」だ。なんていう風に言われますが、本当にそうです。

あなたの仕事が誰かの役に立っているのです(主婦でも全く同じです)。

そして、地球は行動の星だから、やっぱり愛が欲しいなら愛を与えないといけないんですね。

スピリチュアルな教えを実践して、愛もお金もゲットしよう!
と思っている人は、それは愛でもスピリチュアルでもなくて
それって、
エゴの雄叫び
ですからね…(滝汗)

エゴを観察してエゴがだんだん薄くなってくると
人生ってよりパワフルになってきます。
与える愛も、受け取る愛も大きくなってくるし
仕事にも情熱が持てるようになります。
悩みや不安に振り回されることがなくなるので、その分、生産的な活動ができるし、人と交流する時間も増えます。

そういう好循環があって
悩みなくハッピーに情熱をもって生きていたら
結果として、愛と豊かさにかこまれていた
ということになります。

そうなっている人は、真にスピリチュアルに生きている人であり
本質で、真我で、神として生きている人です。

そして、それは誰にでも
私にでも、あなたにでも出来ることなんです。

PS
エゴと戦うには武器が必要です。
エゴの正体についてこれでもか!
というぐらい懇切丁寧に書かれた
この本は、あなたの人生ゲームの
最強の武器・アイテムとなるでしょう。



なにげに、今日の投稿で100記事目
(*^_^*)

過去記事を読むなら、バックナンバーをどうぞ
恥ずかしい記事もいっぱいありますが…(滝汗)

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2016年5月30日月曜日

欝に一番効く即効薬

うつに 一番効く 即効薬


半年振りの更新です。

この本を読んでいたら…


あっ! この情報はシェアしたい!
と思ったので、突発的にノープランでちょっと書いてみようと思います。


まず結論から書くと
うつ病に一番効果のあるお薬というのは…

運動

です。


運動することで欝から回復した…的な話は過去にも何度か書いてきたんですが

運動すれば欝は治る!? あると思います^^

葉っぱの声が聞こえたよ

うつ病を克服するのに一番手っ取り早い方法

うつ病を克服! ランニングは瞑想だ

うつ病を克服! ランニングは瞑想だ【完結編】


そんな僕の説
【運動すれば欝は治る】
を裏付けるかのような記述が、この本の
【第2章 意志力の本能】の中の
【「運動」すれば脳が大きくなる(76ページ)】という項目に書かれていました。

書かれている内容を簡単にまとめて紹介すると、

憂鬱や不安、慢性の痛みなどの様々な症状を改善する上で最も費用対効果が高いのが〝運動〟

心理学者の実験では、問題のある被験者にジムの会員証を無料で配布し、運動をすすめた
ところ2ヶ月で驚くほどの変化があった。

運動することで、生活のあらゆる面において、意志・自己コントロール能力が高まり、喫煙や飲酒などの依存行動も減り、健康的になった。

運動により、日常生活のストレスが緩和され、プロザックのような抗うつ剤の代りとしても効果が高かった。

神経生理学者が被験者の脳を調べたところ、脳の灰白質(つまりは脳細胞)と白質の両方が増えていた。

といった内容が書かれていました。

運動すれば悩みが消えて、前向きな気持ちになれる… ということは、自分の経験としてわかっていましたが、
運動することで脳細胞まで物理的に増えるんですね。


抗うつ剤とかの精神科とかで処方されるお薬って依存性があったり、脳や神経にダメージを与えて、それが原因で本当に精神が崩壊したり、一生薬漬けになる… という恐ろしい側面があります。

あとは、実際に欝を治す効果があるのかどうかも疑問です。

僕もうつ病(不安障害)が一番ひどかった時にはメンタルクリニックに通って、そこで処方された睡眠導入剤と抗不安剤を飲んでましたが、お薬をいくら飲んでも不安は全く収まりませんでした(睡眠導入剤は効果があって、薬を飲めば寝ることができました。翌日は頭痛がひどかったですが…)。

そういう飲むお薬には副作用とかデメリットがありますが、
運動というお薬には副作用もデメリットもありません。

なので、僕の持論ですが、
ランニングを続けたら欝が完治する。
と思っています。



運動すれば心身ともに元気になるだろうさ!
でも、その運動が出来ないぐらい心身がやられているんだよ・・・・・

という、あなたの声が聴こえてきそうです。

そう、本当にそうですよね。


僕も欝状態マックスの時は、運動はおろか、家から出ることも、布団から出ることもできませんでした。

なので、運動したくてもできない… という状態はよくわかりますし、そんな時は無理をする必要なないと思います。

でも、ほんの少しでも回復してきたなら、ぜひ運動を取り入れてみることをお勧めします。

何もハードな運動をする必要はないんです。

この書籍「スタンフォードの自分を変える教室」の中でも

一日5分間の運動(グリーンエクササイズ)で、十分に改善される
と紹介されています。

グリーンエクササイズの例として
・近くの公園など緑のある場所に行く
・ipodでお気に入りの曲を聴きながら、近所を一回りする
・犬を外で遊ばせる
・庭先や公園で仕事をしてみる
・新鮮な空気を吸いに外に出て、簡単なストレッチをする
・子どもたちを誘って、庭で追いかけっこやゲームをする

といった内容が紹介されています。

まずはこういった簡単な運動からはじめてみてはいかがでしょうか^^



元気だからこそ運動できるんでしょ!
私は元気がないから運動なんてできない・・・・・

また、あなたの声が聴こえてきました。

それもよくわかります。

でもね、逆も真なり
なんです。

元気がなくても、運動すれば、元気になるんです。
運動しないから、元気がなくなるんです。

無理からにでも、ちょっとだけ自分を鼓舞して、ウォーキングでもジョギングでもすると、僕の言葉の意味をわかってもらえると思います。

運動して、汗を流すのって本当に気持ちいいんです。無条件に。

そして、運動すればするほど、セルフイメージがどんどんあがって、もっともっと運動したい! っていうふうになるし、肉体的にはつかれたとしても、仕事とか家事とか生活全般をパワフルにこなしていけるようになるんです。

運動は、鬱病だけでなく、全ての人にとってすごく価値のある行為だと思います。

どれだけストレスの多い仕事をしている人でも、人間関係で悩んでいる人であっても、運動さえコンスタントにしていたら、きっとその人は鬱病になることはないと思います。

逆に全く運動をしていないという人は、それだけで、ある種の鬱病予備軍というか、
かなりのリスクを抱えていると思います。

僕は現在は、ジムに通ってますが、ジムっていいです。
月会費を払っていると、もったいなくて、それが抑止力になってサボれません…(^_^;)

メタボな腹はなかなか減っ込みませんが、それでも胸の筋肉とかがかなりついてくると、鏡に映る自分を見るたびに、若返ったような嬉しい気分になります。

鏡の前で一人ニヤついている自分がいて、
欝の時の自分とは対極にいる気分です。


人間ってやっぱり
霊と体でできています。
魂と肉体
ボディ・アンド・ソウルな生きものです。

瞑想もいいし、自己啓発書を読むのも、スピ本を読むのも、心のメンテナンスになると思います。
でも、霊5体5の存在である人間には、
肉体のメンテナンスも心と同じぐらい大切なんです。

そして、肉体が精神をひっぱってくれるってことも大いにあるんです。

それは、不安とか怒りとかのネガティブな精神状態が
運動して汗をかくことで、不安や怒りがふっとんで、心がクリーンになったりするんです。

心と身体はお互いに作用しあっています。

どっちも大事

何事もバランスって大事です。

というわけで、あなたもぜひ明日から、あるいは今日から、腕立てでも散歩でもなんでもいいので、ぜひ運動を日常に取り入れてください。

きっと、いろんなことが好転していくと思います。
(*^_^*)



編集後記

この半年間、いろんなことがあったような気もしますが、基本的には、平穏無事に楽しいことがいっぱいありました。

春休みには二年越しの思いがかなって石垣島にも行くことができました。

石垣島の離島・小浜島のはいむるぶしビーチ


石垣島でもちょっとした気づきがあったので、またそのことについてもいつか書きたいと思います(というか、半年書かなかったので、書きたいことが山盛りです^^)。

そして、更新を休んでいる間にも、個別にメッセージやら質問をもらったりして、そういうやりとりはあったのですが、なぜかブログを更新することができなかったのです…

忙しかった… ということもありますが。

ただ、また、どんなペースになるかはわかりませんが、これを機に、もっとライトな感覚で気軽に更新していこうと思います。

相変わらず、本はたくさん読んでいるし、あ! この内容はブログで紹介したい! と思うことは多々ありますので。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

また更新します!

あゆむ 拝
(*^_^*)


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2015年11月21日土曜日

若人に贈ることば

明けない夜はない


2人の高校生の読者から下記メッセージ(質問)をコメント欄からいただきました。
匿名


はじめまして。夜分遅くすみません。 
あゆむ様の文章を拝見し、お聞きしたいことがあるためコメントさせて頂きます。 
私は受験生の者です。この大切な時期に、精神状態がボロボロになっています。今までの人生(十数年しかありませんが)に後悔と反省が多すぎたため、その重みと現実と理想との板挟みです。ですがもちろん、人生の岐路に立ち、勉強に邁進しなければなりません。なのに、少し頑張って前向きになれたと思っても、ふと後悔がよぎりどん底に陥ってしまいます。そのサイクルが短くなり底は深まる一方です。どうにかしたいと検索していた時、このサイトに行き着きました。 
あゆむ様の文章を読んでいて少し心が楽になり、その説得力と、滲み出る優しさ、明るさに感動しました。 
あゆむ様の言葉の中に、必要な時に最適なタイミングで物事が起きる、というものがあり同感しました。また、エゴと真我の違いにも納得いたしました。
ですが、今まで自分を貶め続けているため、前向きな思考や、まして自分が神と思うことがどうしてもできません。 
どうすれば、あゆむ様のような境地に至り、エゴを捨てなおかつ全てを前向きにとらえ、良いエネルギーに変換し人生を送ってゆくことができるでしょうか。 
突然不躾にもこのような質問をしてしまいすみません。少しでもいいので、アドバイス頂けたらと思います。失礼いたしました。 
なおさん



あゆむさん 
はじめまして。私は高校1年生です。 
あゆむさんへ感謝の言葉を伝えることと、質問をさせていただきたいと思います。 
文章を書くのはあまり得意ではないので少々お見苦しいところがあるかと思いますが、何卒よろしくお願い致します。 
私はうつ病などの名前のついた病気はなく、思春期特有の悩む時期にあるそうです。 
そしてそれは、カウンセラーの先生や頼れる大人の方、友達の支えで乗り越えられつつありました。 
しかし、最近、自らの住んでいる地域で将来大きな地震が起きることが確定していることを突然思い出してしまい、とても暗い気持ちになってしまいました。 
自分が死ぬことよりも愛する家族がいなくなることがつらく悲しく、食事も喉を通らない毎日を送っていました。 
地震対策の話をしても親には深く受け止めてもらえず、ただただ不安が私の中にずっとありました。 
そこで家族とずっと一緒にいる方法、暗い気持ちを消す方法などを調べているときにこちらのブログへ辿り着きました。 
私のような悩みを持った高校生へ向けた記事を見たとき、涙がとまりませんでした。 
まだ不安は残っていますが、とても救われました。 
本当にありがとうございます。 
そして、質問なのですが……。 
私は神さまを信じています。 
どの宗教ということもなく、ただ漠然と、この世界には神さまがいて私たちを見守ってくださっているのだと思っています。 
しかし、自分は楽になりたいから神さまという存在を信じていたり、スピリチュアルの世界に足を踏み入れようとしているのではないかと不安になってしまいました。 
このような思いがあっても大丈夫なのでしょうか。 
また、思考を客観的に見る方法といいますか、エゴにとらわれない方法とはどういったことなのでしょうか。 
このようなことを初対面で質問してしまい申し訳ございません。 
不安のあまり繰り返しあなたの優しい言葉で元気をもらい続けています。 
そのことだけでも伝わっていれば幸いです。 
匿名さん

どちらも高校生ということで、これは真剣に答えないといけない…
などと思っているうちに、時間だけがどんどん過ぎていき…
このままでは何も書けなくなる…と思ったので、もうとにかく、僕が思ったままにお答えしようと思います。
僕は覚者でもなければ、悟ったわけでもない、ただの人間です。
なので、参考程度に読んでもらえたら幸いです。
(いつもは不特定多数の読者を想定して書くのですが、今日はコメントをくれたなおさんと、匿名さんに向けて書きます。あとスピリチュアルな視点からと言うよりも、人生の先輩?として、本当に素直に僕の体験談もまじえてお答えします。)

なおさん&匿名さんへ
僕がコメントをもらって、最初に思ったことは、
若くして、深く悩んでいてたいへんやな… でも、そんな若さで、人生の深いテーマにであった二人は、ある意味早熟というか、スゴイな… って思いました。
70歳、80歳になってもエゴだけの人もいます。
僕みたいに40歳を前後に、やっと本当の自分に気付き始めた者もいます。
でも今は時代がもっと進んでいて、10代とかでも、本質に気づく人もいます。
なおさんも匿名さんも、きっとそうなんだと思います。

そもそも一般的な高校生って、AAAとか、エグザイルとか(どちらのグループも僕はよく知りませんが…)、そういうのに夢中で、こんな精神世界のブログなんて読まないと思います。
このブログにたどりついたこと。そして僕の文章をよんで、何かを感じてコメントまで残してくれたことを、僕は嬉しく思うし、そういう積極性(普通はブログを読んでもなかなかコメントなんて残しません。僕も相当感動しても、ブログのコメントを残したことなんてほとんどありません)も素晴らしいと思います。
たぶん、僕とあなたが、どこかで出会っていたら、きっと意気投合というか、話が盛り上がったような、そんな親しさを勝手に感じている僕です。


では、まずなおさんから、具体的にアドバイスをしたいと思います。まずこの部分ですが…

私は受験生の者です。この大切な時期に、精神状態がボロボロになっています。今までの人生(十数年しかありませんが)に後悔と反省が多すぎたため、その重みと現実と理想との板挟みです。ですがもちろん、人生の岐路に立ち、勉強に邁進しなければなりません。なのに、少し頑張って前向きになれたと思っても、ふと後悔がよぎりどん底に陥ってしまいます。そのサイクルが短くなり底は深まる一方です。どうにかしたいと検索していた時、このサイトに行き着きました。

僕も通ってきた道なので、なんとなく共感できます。
僕も高校3年生の受験生の時に、精神的にかなりショックなことがあり、きつかったです。
具体的には、ともに受験がんばろう!なんて誓いあっていた彼女に突然ふられて、かなり落ち込んでしまったんですね…
なおさんの人生に何があったのかは僕にはわからないし、僕なんかよりもっとヘビーな問題を抱えているのかもしれません…

2つアドバイスがあります。
一つは、時間が解決してくれる…ということです。
受験生の当時は、かなり落ち込んだしきつかったけど、今現在の僕はその時のきつさを思い出すことは全くありません。というか、大学に合格した瞬間に全ての負の要素は消え去り、楽しく四年間を過ごすことができました。
そして、41才の僕と、17才・18才の時の僕は、もう完全に別人です。
痛みも悲しみも後悔も失敗も、時間の経過とともに、必ず癒えていきます。
だから、なおさんも安心してください。
今、どれだけ辛くても、必ず出口はあるし、あけない夜がないように、かならず太陽はまた登ります。
それに、失敗とか、後悔とか、そういった痛みを経験することで、人はそこから何かを学ぶことができます。
同じ立場の人にも心から同情することができるようになります。
僕の持論である、
ベストなことがベストなタイミングで起きる…
というのは、いいことだけでなく、悪い出来事も含みます。
ただ悪い出来事というのも、その時はそう思えるだけであって、ホントはその悪いことも、長い目でトータルで見ればやっぱりいいことなんです。
僕もいっぱい失敗してきて、思い出すだけで顔が赤くなって「わ〜〜〜〜〜!」と叫びたくなるような、恥ずかしいこともいっぱいしてきたし、人を思いっきり傷つけてしまったこと… 逆に傷つけられたこと…
やり直せるなら、二度とあんなことはしない…
というような出来事もたくさんありますが、やっぱり全部必要なことだったし、起るべくして全てが起こっていたんだなと思います。
なおさんも、何年かたてば、今の苦しみを遠い淡い記憶として、振り返ることができるようになります。
だから、あまり心配しないでね。

アドバイス2
ですがもちろん、人生の岐路に立ち、勉強に邁進しなければなりません。
↑この部分、よくわかります。
僕の場合は、彼女に振られたショックで精神的にボロボロになったのですが、どこかのタイミングで開き直りました。
具体的には、彼女を絶対に見返してやる! 

という負のエネルギーです…(滝汗)

そういうエネルギーがいいものかわるいものかはわからないけど、僕は気が狂ったように勉強に打ち込みました。
ちょっと受験当時のことを振り返ると…
僕は実は、高校生の時は軽音楽部でずっとバンド(ドラム)をやっていて、プロになる! なんて思っていたから、勉強は全くせずに、ひたすら音楽をやっていました。
なので成績は最低で、いつも補習地獄でした…
ただ高校3年生になった春に、やっぱり大学に行きたい! と突然思い立ち、そこから真面目に勉強をはじめました。
当時、僕の高校では、日本史の授業は選択制で高校3年生からはじまるシステムでした。今まで勉強をサボってきた僕でも、これならスタートラインはみんなと一緒! と思って、日本史をアホみたいに勉強したら、3年1学期の最初の中間テストで100点をとることができました。(日本史って頭の良さというより、暗記だけの世界ですからね…)
先生が「学年で100点はお前だけや!」とみんなの前で褒めてくれて、アホの俺が学年で1位! というのが、クラスメートをはじめ、学校のちょっとしたニュースになって、それが気分よくて、勉強おもしろい! ってその時はじめて思いました。
それで、頑張っていこう! と思っていた矢先に彼女にフラレてしまったわけです。
まあ、それも俺に原因があったんで彼女を責めることはできないんだけど…
ただ、落ち込み時期を過ぎたあとに、その痛みを勉強するモチベーションに変えて、ひたすら勉強しました。
その結果、運命の皮肉というか、してやったりというか、
彼女の第一志望の大学に僕は受かり、彼女は落ちました
当時の僕は、なんとなく
勝った!。.゜+:ヽ(*´∀`)ノ.゜+。
と思いました。

というのも、彼女は僕と別れた直後に、いけすかない奴とすぐにつきあって、その彼氏と一緒に、その大学を目指していたからです。
その二人が落ちて、僕が受かってしまったもので… 

まあ、僕も若かったということで…(・ω・`;A



ちょっと脱線してしまいましたが、僕がいいたいのは
今のピンチとかマイナスを逆にチャンスに変えてほしい…ということです。
行きたい大学があるのであれば、とにかく勉強するしかありません。
精神的な辛さ…というハンデを抱えながらも、勉強をがんばっている自分… ってきっとかっこいいです。
それで、行きたい大学に受かったら、それはすごい成功体験だと思うし、きっと自分にとっても大きな自信になります。
僕も、それまでは自分のことをアホだと思ってましたが、あの辛い受験を乗り切ったこと、そして合格できたことは、すごく大きな自信になっていて、その後の人生を大きく助けてくれました。
本気だせば、俺は何でもできる! 

ぐらいに思っています。


最近全然本気出せてないですが…(滝汗)

なおさん…
とにかく、僕は応援しているよ!
悩んでいる時って、思考が堂々巡りしてしまいます… 
そんな時は、行動すること、手を動かすこと…
それが一番なんです。

そんなことわかっているけど、それでも勉強が手に付かない…
という状況かもしれません…

でもやるしかない時も人生にはあるかもしれない。

がんばって! とは言いません。とにかく応援しています。


なおさんの最後の質問
今まで自分を貶め続けているため、前向きな思考や、まして自分が神と思うことがどうしてもできません。
どうすれば、あゆむ様のような境地に至り、エゴを捨てなおかつ全てを前向きにとらえ、良いエネルギーに変換し人生を送ってゆくことができるでしょうか。
突然不躾にもこのような質問をしてしまいすみません。少しでもいいので、アドバイス頂けたらと思います。失礼いたしました。

僕は、実はそんな崇高な境地にいるわけでは全然ありません。
日々、失敗もするし、エゴも満載な男です。
ただ、毎日けっこう穏やかで幸せです。
ちいさな不安とか心配が起きてくることもありますが、そこにとらわれることは全くなりました。
それは何でかというと、宇宙を信頼しているからです。
そして、僕という人間を信頼しているからです。
もちろん人間である僕は愚かな面も多々あるのは十分承知しています。
でも、同時に自分が神であることを知っているので、信頼できるのです。
もちろん、なおさんも匿名さんも、今このブログを読んでいるあなたも
神です。

こういう境地?に至ることができたのは、やっぱり鬱病がきっかけです。
あれがなければ、僕は自分が神だなんて思うことはなかったと思う。
それまでは、神さまは信じていたけど、それはずっと自分の外にあった。
そして、僕はエゴの僕を僕自信と思って、日々思考し、それなりに努力してがんばって生きてきました。
ただ、ウツで全てが壊れて、解体された。
救われたくて、救われたくて、本をたくさん読んだ。
ワンネス? あなたはいない? 人は死なない? あなたは神?
???????
だったけど、必死で読んだ。
そして、こんなボロボロな僕だけど、自分を神と信じることにした。
神として生きることを決意した。
そこから僕は徐々に回復して、現在では生きることが本当に楽になりました。
心配してもしょうがいない… 
それに心配しているのはエゴさんです。そのこともわかっているので、すぐに心配事を手放せるようになりました。
誰もがウツになる必要なもちろんないです。僕の場合はたまたまそれがきっかけでしたけども。
ただ、何かにぶつからないと、なかなかエゴの存在には気づきえないと思う。
だから、どんな悩みも苦難もオールオッケーでオールウェルカムなんです。

なおさんもね、悩んでいるのはなおさん自身じゃないんだよ。
なおさんのエゴが悩んでいるんだよ。
そして、それは間違ったことでもないんだよ。
ただ、エゴさんの存在に気づき、見つめてあげてください。
そして、そんなの思えない! と思っても
神である私、無敵である神の私
を信じてください。
私は神なんだ!って思えるまで思ってください。(無理やりにでも)
どこかのタイミングできっとそのことが腑に落ちると思います。
そして、それが腑に落ちたら、本当になおさんは無敵です。
敵ないなくなるし、全てが許せるようになります。
他人のことも、そして自分のことも。
人生が奇跡になります。


モーニング・サン



匿名さんへ

私はうつ病などの名前のついた病気はなく、思春期特有の悩む時期にあるそうです。
そしてそれは、カウンセラーの先生や頼れる大人の方、友達の支えで乗り越えられつつありました。

しかし、最近、自らの住んでいる地域で将来大きな地震が起きることが確定していることを突然思い出してしまい、とても暗い気持ちになってしまいました。
自分が死ぬことよりも愛する家族がいなくなることがつらく悲しく、食事も喉を通らない毎日を送っていました。
地震対策の話をしても親には深く受け止めてもらえず、ただただ不安が私の中にずっとありました。

そこで家族とずっと一緒にいる方法、暗い気持ちを消す方法などを調べているときにこちらのブログへ辿り着きました。
私のような悩みを持った高校生へ向けた記事を見たとき、涙がとまりませんでした。
まだ不安は残っていますが、とても救われました。
本当にありがとうございます。

あなたは本当にやさしい人ですね。
そして、自分を支えてくれる大人や友達がいる。
とても素晴らしいことだと思います。

あなたには、今、何ひとつ間違ったことは起こっていません。
地震のことも、これだけマスコミやネットで
必ず地震はくる
いついつぐらいにくる
この地域にくる
という情報にあふれているので、そういう不安
あなたの場合は、自分というよりも家族や友人の心配ですが、
そう思ってしまうのも無理はありません。

事実、日本は地震の多い国です。
火山もたくさんある国です。
これまでにも地震はあったし、これからもあるかもしれません。

ただ、都市が崩壊するような大地震が本当に起るかなんてことは誰にもわからないです。
いつぐらいに、この地域に… ということも言われていますが、それが実際に起きるかなんてことはわかりません。
備えること…は間違ったことではありません。
道路を横断する時に、左右を確認するような話です。

ただ…
とらわれる必要はありません。

何故ならとらわれたとしても、僕たちにはどうすることもできないからです。
地震をコントロールできる人はいないので。

ちょっと極論みたいなことを書いてもよかですか?
死は忌むべきもの、悲しいもの… という常識があります。
間違いではありません。
死にたくない… 自分もそうだし、家族や友人にも死んでほしくない…
これも当然の想いです。
僕もそう思っています。

ただ、

人な死なない
という究極の真理というか、説があります。

僕は阿部敏郎さんの講演会で阿部さんに「阿部さん自身は自分が死んだらどうなると想いますか?」と質問したことがあります。
僕の友人の母親が若くして亡くなって、相当落ち込んでいて、当時相談をよく受けていたから何らかのアドバイスをしたかったし、死後の世界について阿部さんがどう思っているの聞きたかったのです。
その質問に対する阿部さんの答えは
「私は死にません」
でした。
「ガチョーンでしょ? でも本当にそうなんですよ」
と阿部さんは付け加えました。

人な死なない… という説を受け入れるのは、けっこうハードルが高いかもしれません。
僕は昔から天国とか死後の世界については信じていたけど、

人は死なない!

という言い方はちょっと衝撃でした。

肉体的な死という意味では死はあります。
魂・スピリットと呼ばれるものが抜けた肉体はやがて朽ちて消えてなくなります。
ただ、私たちの本質であり本体である、魂・スピリットは永遠不滅で死にません。
そういう観点から見れば、人は死なないのです。

例えばの話として、地震であれ、事故であれ、病気であれ、誰かが死んだ時、人は悲しみます。
当たり前の話です。

ただ、死んだ当人は悲しんでいるのか?
実は、これについては、残された人間にはわかりません。

死後の世界とか霊界について真実を知りたい! と思っていた時期が長く僕にはあって、臨死体験の本とか、死後の世界について書かれている本をたくさん読みました。
また、実際に臨死体験をした人、身内が臨死体験をいた人から直接話を聞いたこともあります。
そして、臨死体験をした人のほぼ全員が同じことを語っています。
それは、
死は一切苦しくない

死は一切悲しくない
ということです。

そして、驚くべきことに、
死に際して人々は、最高の至福感
神の元へ帰っていく喜び
ワンネスの光に帰っていく喜び
を語っています。

なので、死にかけて、臨死状態になって再び、目を覚ましこの世に戻ってきた人は
この世に戻りなくなかった!
と一様に言っています。

よく死にかけの肉親に病床の橫で、家族が名前を呼びかけて、奇跡的に目を覚ます… というような場面が現実でもドラマでもありますが、僕の知り合いで、この状態から復帰した人はこう言ってました。
「なんで呼び戻したんだ!」
「せっかく、全てがラクになって、最高に幸せだったのに」
と。

僕は実際に臨死体験をしたことはないけど、きっとそうなんだと思います。
人の死、死後の世界について心配な人がこれを読めば一発で心配がなくなる!と僕が思う良書があります。

どちらも超絶リアルな実話の体験談です。

そして、愛にあふれています。

神さまの愛って完璧やなって泣けてきます。

なので、僕は積極的に死にたい… とは全く思いませんが、

死ぬ時には死ぬし、それは全然悪いことじゃないなと思っています。

ただ、肉体が死ぬだけで、僕という本質、神である本質は決して滅びません。

というか、どちらかといえば、肉体とともに生きている現実世界がイレギュラーな状態であって、本来の僕たちの姿というか、状態は、肉体がない、魂・スピリットの状態のようです。


匿名さん…

こんなふうに想像してください。

あなたでもいいし、あなたの兄弟でもいいですが、

例えば冒険が大好きで
数年間に渡る世界一周旅行に出かけていたとします。

時にジャングルで猛獣に襲われそうになったり、砂漠で遭難しそうになったり、氷の世界で凍傷になりそうになったりしながらも、冒険の間、自分の生と充実感を感じていたとします。

しかし、どんな楽しい旅にも終わりがあります。

もっと旅を続けたい! と思いながらも、日本に帰り、我が家に帰ってきました。

冒険していた身としては、我が家に帰るのは、旅の終わりを意味するものであり、少し寂しさを感じたりするかもしれません。

でも、そこは元々、自分が生れ育った場所であり、家族があり、とてもあたたかな場所です。

きっと、ああ我が家に帰ってきた… と荷物をほどいて、お風呂につかって、ほっとしたら、「ああ、やっぱり我が家が一番やな…」と安心して、布団に入ってぐっすり眠りに入ると思います。

この我が家の布団に入って寝る

というのが死です。

死ってこんな感じと言われています。

それが死なら、それは苦しみとか悲しみではなく、大きな人生という冒険を終えて、ほっとして我が家であるあの世、天国とかワンネスとか神のみ元とかに帰っていくのは、すごく安心で、幸せな瞬間なんだと思います。



自分の家族が亡くなったら… と考えるだけで悲しくなる気持ちはわかります。

誰だってそうです。

僕だって、家族が死んだら、そりゃあ悲しんで悲しんで泣きまくります。絶対にイヤです。

だけど、同時に知っています。

ああ、この世を卒業して、神さまの元へ帰っていたんだな… ということを。

これは大きな救いになります。


テロで多くの方がなくったり、自然災害で多くの方が亡くったり… ということは実際にあります。

それは悲しい出来事であり、もし自分の身内や知り合いを亡くした方にとっては、そういう不慮の事故で亡くなることは本当に悲しいことです。

ただ、それが事故であれ、病気であれ、老衰の大往生であれ、神さまの愛に差別なんてものはもちろんなく、全ての魂に神の愛があり、救いがあります。

そういうことをわかった上で、僕たちは
過去を案じず
未来を心配せず
今、生きていること、
家族や友人とともに元気に生きられていることに感謝して生きていくことが大事なんだと思います。

魂は永遠といっても、肉体をもっているお母さんに直接マッサージをしてあげたり、ありがとうを言えるのは、今だけです。

だから、僕たちは、この奇跡的な人生の中で、今の自分、今自分の家族や友達や周囲にいる人に感謝して生きていく、それしかないのだと思います。


そして、質問なのですが……。
私は神さまを信じています。
どの宗教ということもなく、ただ漠然と、この世界には神さまがいて私たちを見守ってくださっているのだと思っています。
しかし、自分は楽になりたいから神さまという存在を信じていたり、スピリチュアルの世界に足を踏み入れようとしているのではないかと不安になってしまいました。
このような思いがあっても大丈夫なのでしょうか。
また、思考を客観的に見る方法といいますか、エゴにとらわれない方法とはどういったことなのでしょうか。
このようなことを初対面で質問してしまい申し訳ございません。
不安のあまり繰り返しあなたの優しい言葉で元気をもらい続けています。
そのことだけでも伝わっていれば幸いです。

僕といっしょですね^^

僕も神さまを信じています。どの宗教ということもなく、神さまを信じています。
そして、神さまは僕たち全てを見守ってくださっています。
その通りです。

楽になりたいから神さまを信じているんじゃないか? という不安もよくわかります。

スピリチュアルに傾倒するのも結局人生からの逃避じゃないか? なんてことを僕も心配していたこともありました。

宗教に傾倒しすぎたり、スピリチュアル難民になるよりか、そういう自制心というか、客観的に自分を見れるのは、むしろまともというか、安全弁がちゃんと働いているということで、すごく健全なことだと思います。

でも、その上で、神さまを信じているし、真実を知りたいんですよね?

それで間違いないです! 

神であるあなたは、本当は全てを知っています。



思考を客観的に見る方法、エゴにとらわれない方法についてですが…

まず、一番大切なことは、自分のエゴの存在を認めることです。
認識することです。

エゴだけで生きている人こそ、自分のエゴに気付かないといけないのですが、悲しいかな、そういう人は自分のエゴに気づきません。一生気が付かない人もいます。

匿名さんの場合は、どうやったらエゴにとらわれないのか? と質問しているぐらいですから、すでに自分のエゴを認識しているわけです。高校一年生で! これはスゴイことです。

エゴの存在を認めているということは、もう8割方エゴに勝利?しているようなものです。

実はね、エゴのない人間なんていなくて、どんな覚者であっても、そういう一面はあるものです。

違いは何かというと、エゴと一体化していない… ということです。

そのためには、観察です。

怒りを感じた時

悲しみを感じた時

あるいは有頂天になっている時

それを感じているのは、誰なのか?

エゴなのか、それとも神である私が感じているのか? ということをジャッジするクセをつけることです。

たいていの場合、エゴがストーリーをでっちあげていることに気づけます。

そういう時は、一生懸命自分を守るために、エゴさんががんばっているんだな〜と、ただ観察してあげてください。

エゴを消そう! とか、エゴは間違っているとか思う必要もありません。

肉体がある以上は、食欲・性欲・睡眠欲というような欲はあるし、社会的生きものである人間は、人から認められたいという承認欲求のようなものもあります。

人に面と向かって悪口を言われたら腹も立つでしょう。

やられたら、やりかえす! と思うのも人間の性かもしれません(ex:空爆とテロもエゴとエゴのぶつかりあいです)。

ただ、エゴとかストーリーで生きていると、なぜか良くないことばかりが起きます。
(ex:空爆すればするほどテロはエスカレートします)

また、エゴの強い特徴として、人より勝りたい!という意識があります。
しかし、競争社会にゴールはなく、エゴで生きていたら、心から安らげる瞬間というのがありません。

逆にエゴから離れ、神として生きれば、不思議なぐらい、悪いことが起きなくなり
いいこと、嬉しいこと、たのしいこと、おだやかなこと、ばかりが起きます。

幸せやな… ありがたいな…

と思えることばかりになります。


匿名さんも、すでにそういう生き方を選択しているんだと思います。

きっと、いろんなことがどんどん良くなっていくと思います。




PS
なおさん&匿名さんへ さいごに


なんだか人生の先輩よろしく、上から目線で書いてしまってm(_ _)m

偉そうなことをたくさん書いてしまいましたが、僕は聖人君子とは対極にある
エゴ&煩悩マシーン…時々反省…みたいな男です。

心配することもあるし、文句を言いたくなく瞬間もあります。

でも、やっぱり人生って楽しいです。

素敵な人がいっぱいいます。

あなたたちと、こうやってブログを通じて出会えたことも素敵なことです。

見ず知らずの41歳のおっちゃんに相談してくれて、こういうのって嬉しいです。

あなたは神で、人は神です。

だから神である自分を信頼すると同時に、神である人間を信用して、人にはどんどん相談していいし、頼ってもいいんです。

人生ゲームの楽しみって人との出会いや関わりあいです。



僕にも高校生の時がありました。

それから20数年さらに生きてきましたが、楽しいことがいっぱいありました。

辛い経験もあったのかもしれないけど、あんまりよく覚えてないです。

きっと、なおさんにも、匿名さんにも、これからたくさんの楽しい出来事が待っています。

とにかく、ありのままのあなたで、あるがままに、好きに人生を生きてください。

二人の若人のこれからの人生にますますの幸あらんことを!



PS2
コメント欄で二人にアドバイスしてくださった方、ありがとうございました!
(*^_^*)





編集後記

AAAはよくわからない僕ですが
BABYMETALは大好きです。

何年か振りにライブに行ってきました!
(Zeppなんば)



おすすめの本

ついに読みはじめました。
本が分厚くて重い…
手にもっては読めません…
でも、内容は深い!
究極の一冊かもしれません。
まだ8分の1ぐらいしか読んでませんが!






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2015年10月6日火曜日

スピリチュアルとリアルな人生と…

スピリチュアルとリアルな人生と…


先日更新した記事「自由に生きる」にHNもんじ様より、以下の質問コメントをいただいたので、僕なりの回答を書かせていただきます。

以下、HNもんじ様からのコメント


初めまして。 いつもブログ拝見させていただいております。 あゆむ様は、一度は地獄を味わったのでしょうが、短期間に復活して、マイホームを建てて、フリーで稼いで人生を謳歌している様子に感心します。 やはり、今のように人生が好転したのはスピリチュアルの影響が基盤になっておられますか? 私も鬱になりスピリチュアルに傾倒しましたが、一向に人生が良くならず、もう、スピリチュアルなんかにうつつを抜かすのを止めようかと最近悩んでおります。

コメント以上


メッセージありがとうございました。

確かに僕は、欝という僕の人生の中では一番つらい地獄を味わいましたが、結果としては、それは神の恩寵であったと思っているし、生活全般の質は以前より良くなりました。

金銭的にも、時間的にも豊かになったし、
何より精神的な部分でかなり楽になりました。

本当にラッキーだったと思います。

今のように人生が好転したのはスピリチュアルの影響が基盤になっておられますか?

という質問の回答としては…

イエス

だと思います。


今、はっきりと断言できることは、欝になる以前の僕、本当のスピリチュアルに目覚める前の僕は、完全なるエゴの入れ物、エゴ・マシーンでした。

悪逆無道の限りを尽くすアウトロー…(▼皿▼*)/ 
…というわけでは、もちろんありませんでしたし、信仰のある家に生れ、ずっと神さまを信じてきたので、どちからというと善良に生きてきたタイプだとは思います。

でも、今振り返ると、はっきりとわかります。僕は完全にエゴだけで生きていました。

瞬間的に、神さまにつながったり、神心になっているような時も〝ときどき〟ありましたが、基本的にはエゴで生きていました。

まず、前提条件が完全に間違っていました。

それは何かというと、神との分離感です。

神さまとは、祈る対象であり、拝む対象でした。

「人は神の子、神の宮」という教えを知っていたし、「人は神の分霊(わけみたま)」という教えを信じていたにもかかわらず、やはり神という、この宇宙を作ったすごい存在と、肉体を持つ、自分自身とは別個の存在だと潜在意識の底では思っていたのです。

あとは、本当に弱い人間でした。

人から認められたい

誉められたい

悪く思われたくない

と、いつも他人の目を気にして生きていました。

たぶん、自己肯定感が低かったのだと思います(このあたり、今、人の親になってみて、僕の親の教育にもけっこう問題があったことが、わかるようになりました。親を責める気持ちはありませんが…)。

他にもいっぱい弱点がありました。

他人との比較をついやってしまう

人の成功をうらやんでしまう…

攻撃されると、怒りを覚える

お金への執着

ズルさ…

さぼりたい…

ラクしたい…

偉くなりたい!

成功したい!


そんな人間でした… 
と過去形で語りたいところですが、残念なことに、上記の弱点・エゴは残念ながら、いまだに僕の中にしっかりと残っています。けっこう薄くなってきたとは思いますが…(←願望コミ(^_^;))。


ただ、欝という、人生最大の衝撃によって、僕の弱点もエゴも一度、

完全に解体されました。

もう、強制的に…

それまで、自分には才能がある… とか、人より仕事ができる… とかの諸々のプライド、自尊心、虚栄心、そういったものが完全に崩れ落ちてしまいました。

仕事どころか、家からも出れない、布団からも出れない、頭の中はずっとぐるぐるとめまいがして、自分でも「人間が壊れた…」と、絶望的に気分になりました。

その時、僕の心を支配していた心配はただ一つ…

「この欝は一生治らないかもしれない…」

というものでした。


そこまで落ちて、僕は、自分のいろんな欲とか、執着を捨てることができました。

逆にいうと、僕のエゴは、そこまで自分が落ちないと落としきれないので、そんな僕を救うために、神さまが、宇宙が、そのようなシナリオを作ってくれたのだと思います。

これって、本当にすごい愛だと思います。


とにかく、僕は、欝になることで、一度ゼロになることができました。


そして、神さまは、その後のシナリオもちゃんと用意してくれていました。

まずは、メンターさんとの出会いです。

あの、一番苦しい時期に、メンターさんからの電話の励ましがなければ、僕は死んでいたか、廃人になっていた可能性もあったと思うし、いまだにひどい欝状態であったかもしれません。

でも、その一番苦しい時期、必要な人が現れたのです。

僕の今の一番の座右の銘?である

人生(宇宙)には、
その時に一番必要なことが、
一番最適なタイミングで起こる

という法則が、まさに起こっていたのです。


そして、多くのスピリチュアルな本を読みました。

何も出来なかったけど、本だけは読むことができたのです。

というか、本を読まずにはいられなかったのです。

僕は本をむさぼるように読んだ理由はただ一つ…

救われたい…

でした。


最後には、もう神さまに頼るしかなかったのです。
(それまでにも、神さまを信じ、祈り、頼ってきましたが、この時はそんなレベルではありませんでした)

僕が読んだスピリチュアルの本は、全て覚者の書いた本です。

覚者は悟りを開いて、この世の、あの世の、真実を見てきた人で、神のメッセージを受け取った人です。

そこに書かれているメッセージは間接的ではありますが、神からのメッセージです。

その神からのメッセージに触れるたびに、僕は救われた気がしました(といっても、本を閉じるとまたすぐに欝状態に戻るのですが…)。

最後の最後で、僕はメンターさんから
「神として生きるか、人として生きるか」
の選択を投げかけられました。

僕に選択の余地は全くありませんでした。

というか、救われるためには、欝から回復するためには、神として生きるの一択しかなったのです。

そこで、僕は神として生きると決めました。

そう決意した日から、僕はみるみる回復していきました。( ・`ー・´) + キリッ

…といけばいいのですが、実際はそんな簡単なわけもなく、そう決意した後でも、欝状態はまだ続き、不安が尽きることはありませんした。瞑想もこの頃はやろうとしても、5分もできませんでした。

ただ、薄皮を剥くように、少しずつ回復していったのだと思います。

一度ゼロになったのが良かったのだと思います。

メンターさんのメッセージや、スピリチュアルな本のメッセージが、少しずつ魂という容器に満たされていって、気がつけば、欝状態から抜けだしていました(明確な境目、本日晴れてウツが治りました!(`・ω・´)b というような境目はありませんでした)。

あの、僕が〝ボワボワ〟と名づけていた、恐怖の目眩(めまい)がいつのまにか止まっていたのです。

僕は救われました。

ただ、欝が治った! と喜んだ後でも、何かの瞬間にフッと心配すると、そこから大きな不安と恐怖の波がやってきて、それに飲み込まれて、またあの〝ボワボワ〟に苦しめられる… ということをくり返しました。

ただ、この頃、脱・欝状態の時には、前に進む力が復活していたので、そこから早く脱出できるように、日々瞑想に取り組んだりすることができるようになっていました。

そして、気がつけば、何時の間にか、もう欝状態に戻ることはなくなりました。

うつ病の期間としては、
3ヶ月ほど地獄の欝状態があり、
その後の3〜5ヶ月は一進一退を繰り返しながら回復していったような感じで、
最終的に僕はトータル6〜8ヶ月ぐらいで欝状態から脱することができました。
(ウツの完治のことを寛解(かんかい)…というんですね。
今日知りました。僕は途中でメンタルクリニック通いを自主的にやめたので)

鬱病には何年も悩む人が多い中、比較的短期間で回復できたことは、本当にありがたいことでした。


そして、欝から本格的に回復した後は、経済的にヤバイ時期があったりもしましたが、恐怖に支配されることはありませんでした。

何故なら僕はもう身体が動くのです。
身体が動いて精神もマトモであれば、仕事さえ選ばなければ、どこでだって働くことができるし、なんとか家族を食べさせることはできるのです。

そんなふうに割り切る気持ちを持てるようになっていたし、なるようになるしかない、というふうにも思えるようになっていました(神さまと宇宙と神である自分への信頼があったので)。

そして、実際に欝発症から今はちょうど丸2年ですが、若干の波はありましたが、経済的にも、時間的にも、精神的にも余裕ができました。

ウツ以前よりもずっと幸せで安心して生きています。

その幸せと安心感は何によって持たらされたかというと、
欝病を引き金とした、メンターさんやスピリチュアルとの出会いであり、
それは、神のシナリオであったと思っています。

僕が何かを起こしたわけではなく、それは起こったのです。

ですので、最初の質問
やはり、今のように人生が好転したのはスピリチュアルの影響が基盤になっておられますか?

の回答は

イエス

となります。



では、コメントの最後の部分についてですが
私も鬱になりスピリチュアルに傾倒しましたが、一向に人生が良くならず、もう、スピリチュアルなんかにうつつを抜かすのを止めようかと最近悩んでおります。


その気持ち、よくわかります。

僕も欝中に、救われたくてスピリチュアルに傾倒しましたが、結果としてはスピリチュアルに救われるのですが、渦中にある時は、本を読んでなんとなく気分がよくなっても、本を閉じれば、めまいはするし、現実的に何かが前進しているわけではないので、こんなことをしても意味がないのではないか? とか、スピリチュアルにばかり頼っていても欝は治らないではないか! とか、あるいは、そもそもスピリチュアル本なんて全部ウソなんじゃないだろうか? みたい疑念が何度も頭をよぎりました。

また、スピリチュアルに傾倒していっている自分、目覚めとか、悟りとかを求めている自分はただ、現実から逃げているだけじゃないか? とも思ったし、
こんな本ばかり読んで、しかもその内容を全面的に信じている僕は、もしかして本当に頭がおかしくなってしまっているのではないだろうか? という恐怖に包まれる時もありました。

また、欝が治った後にも、スピ本は読み続けていたし、瞑想伝授を受けたり、やまがみてるおさん、阿部敏郎さん、雲黒斎さん、ボブ・フィックスさんのセミナーに参加したりしてましたが、その間はスピリチュアル激ハマリ状態だったので、仕事もロクにせず、毎日、本を読んで、瞑想して、菜園の世話をして、ランニングをしていました。
(↑コレ、俺が奥さんだったらキレてますね(滝汗))

その結果、貯金が底をつき、いよいよ経済的にヤバくなり、スピリチュアルにかぶれすぎて、地に足がついてないんじゃないか? みたいな不安がありました。

結果からいうと、僕は去年の夏に、
豊かさを心から信じれば、豊かさは引き寄せられる… とか
この世は幻、私もあなたも本当は存在しない… とか
現在も過去もない、あるのは〝いまここ〟だけ! とか… 
ワンネスだよ! とか
スピリチュアルではいってるか知らんけど、
これヤバくね!?ヽ(・д・!i!i)ノヤベェェベ
現実的に、僕には守るべき家族がいるし、瞑想してても空からお金は降ってこない以上
がんばって稼ぐしかない!

と、スピリチュアルモードから、リアルワールドモードに切り替えて、必死で働きました。

僕は、この時のこの判断は間違ってなかったと思います。

というか、失敗も成功も含めて、僕の判断にも、あなたの判断にも、間違いは1ミリもないのです。

その時、一番必要なことが、ただ起きているのです。

必要に迫られたとはいえ、この時に僕が、働こう! と思ったということが
宇宙からのメッセージであり、シナリオなのです。

それが、その後、成功したとしても、失敗したとしても… です。


僕の場合は、この夏のがむしゃら仕事モードのおかげでビジネスが軌道に乗り始め、なんとか息を吹き返すことができました。
(と、かっこつけていますが、収入には波があり、実際には綱渡り状態であることを告白しておきます(汗))

もう、一度もんじ様のコメントに戻ると
私も鬱になりスピリチュアルに傾倒しましたが、一向に人生が良くならず、もう、スピリチュアルなんかにうつつを抜かすのを止めようかと最近悩んでおります。


僕も同じように悩みました。

でも、スピリチュアルに傾倒したことで、うつ病が治りました。

しかし、今度は逆にスピリチュアルに傾倒し過ぎたことで、収入が止まりました。

そこで、スピリチュアルに傾きすぎた振り子を少し現実世界に戻し、
現実世界で実際に動いたことで(働いたことで)
お金という現実的なモノを得ることができました。
(仕事モードの時でも、スピリチュアルを完全に封印していたわけではありません。仕事の合間に、スピ本も時々読んでました)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※引き寄せの法則についてちょっといいたいこと

スピリチュアル… というよりも、自己啓発系の本の中には「引き寄せの法則」という一大ジャンルがあります。僕も一時期かなりたくさんの本を読みました(主に欝病以前の話しですが)。

豊かさを心から信じたり、アファメーションすることで、物理的にもお金などの豊かさなを得ることができる… という法則です。

これは、確かにそういうこともあるのですが、正確には、それが実現するのは、潜在意識で(心の奥底から)信じていることが成就する… という法則なんです。

なので、「私は金持ち!」と100回唱えたとしても、心の底(潜在意識)で、「そんなん無理!」と思っていたり、〝貧乏は嫌だ…〟みたいなことを思っていた場合には、そんなん無理になって、イヤな貧乏生活が引き寄せられる… という仕組みなんです。

なので、一番確実なのは、現実に行動することです。

必死で働いていたら、きっと稼げる…という思いが信念とか確信に変ってきます。

そんな風に思いと行動が一致した時に、引き寄せの法則は発動しやすくなるのだと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私に特殊な能力でもあれば、何かもっと具体的なアドバイスができるのですが、僕にはそんなものはありません。

ただ、人は神です。

僕も、もんじさんも神です(もちろんこのブログを読んでくれている〝あなた〟も)。

と、同時に肉体を持つ人間である以上は、それを維持するための衣食住が必要であり、当然のことながら、それを得るための欲とか不安というエゴをもっています。

エゴの正体って、いろんな言い方がありますが、
基本的には
恐れ
だと思います。

そして、その恐れは、どこから来ているかというと
神との分離感
です。

死別で落ち込むのも
失恋で傷つくのも
人に攻撃するのも
人をうらやむのも
自分に自信過剰になるのも
自分を卑下するのも
その根っこにあるのは
神との分離感です。

でも、本当は、僕も〝あなた〟も
一瞬として、神から離れた瞬間なんてないのです。

なぜなら
〝私(あなた)〟は神なのです。

そして神は愛であり光です。
神に恐怖や不安はありません。


もし、あなたが今、恐怖や不安を感じいるのであれば、それは神である本当のあなた(真我)ではなく、あなたの中のエゴが恐れを感じているのです。

そんな時は、あなたが本当は神であることを思い出してください。

そして、恐れを感じている自分(エゴ)を許してあげてください。

何も心配しなくていいのです。

傷つくのも、心配するのも、不安になるのも、それすらも神のシナリオなのです。

今、問題を抱えているとしても、悩みを抱えているとしても
それは、やっぱり
今、あなたにとって一番必要なことが最適なタイミングで起きているのです。


人生には、善きことも、そうでないことも起こります。

2つの道のどちらに進むべきか選択に迷う時もあります。

選択肢すらなく、全くどこに進めばわからない時もあります。

そんな時、どうすればいいのか?


そんな時は、あなたの中の神に聞いてください。

あるいは、神である〝わたし〟なら、どうするだろう?
と問いかけてみてもいいでしょう。

その時に、スッと素直に最初に浮かんできたことが、神からのアンサーです。

その後、たとえ表面的には失敗したようなことになったとしても、大きな流れでみれば、やっぱりそれが最善手なのです。

全ては、より良くなるための仕組みです。

神に帰るためには、あえて試練の道を進まないといけない時もあるかもしれません。

ただ、その時には、それが試練に思えたとしても、神であるあなたの選択にやっぱり間違いはないのです。


なぜなら…


それはやっぱり…


ベストなことが、ベストなタイミングで起きているからです。
オイラの座右の銘!
くどい…!? (´・ω・`)





最後にあなたに作者不明のあの有名な足あとのお話をお贈りします。


砂の上の足跡


ある晩、男が夢をみていた。

夢の中で彼は、神と並んで浜辺を歩いているのだった。

そして空の向こうには、彼のこれまでの人生が映し出されては消えていった。

どの場面でも、砂の上にはふたりの足跡が残されていた。 ひとつは彼自身のもの、もうひとつは神のものだった。

人生のつい先ほどの場面が目の前から消えていくと、彼はふりかえり、砂の上の足跡を眺めた。

すると彼の人生の道程には、ひとりの足跡しか残っていない場所が、いくつもあるのだった。

しかもそれは、彼の人生の中でも、特につらく、悲しいときに起きているのだった。

すっかり悩んでしまった彼は、神にそのことをたずねてみた。

「神よ、私があなたに従って生きると決めたとき、あなたはずっと私とともに歩いてくださるとおっしゃられた。

しかし、私の人生のもっとも困難なときには、いつもひとりの足跡しか残っていないではありませんか。

私が一番にあなたを必要としたときに、なぜあなたは私を見捨てられたのですか」

神は答えられた。 

「わが子よ。 私の大切な子供よ。 私はあなたを愛している。 私はあなたを見捨てはしない。

あなたの試練と苦しみのときに、ひとりの足跡しか残されていないのは、その時はわたしがあなたを背負って歩いていたのだ」


Author Unknown

作者不詳




編集後記

必要なことが最適なタイミングで起きる
という座右の銘?は、一応僕のオリジナルです。

といっても、これは本当に真実なので、たぶん多くの覚者も言っていると思うし、僕も何かの本で読んだ内容の可能性が高いです。

ただ、スピ系の本を読むと、すごく目からウロコ落ち! みたいな、電流が流れるような
素晴らしい一文、宇宙の真理に出会うことがあるのですが、その時は興奮して読んでいても、後になったら覚えていない… ということもありがちです。

今の僕にとっては、とにかく、この
ベストなことがベストなタイミングで起きる
という一文がすごく自分にフィットしていて、
この一文だけで、全て解決、オールOK!
というふうに生きることができます。

どのみち、いいことも、そうでないことも
起きるんです。

いいことはウェルカムだけど、よくないことが起きれば
僕たちは、たいてい、狼狽したり、怒ったり、傷ついたりしますが
この〝全てがベスト〟理論を信じていると、何が起きても平気なんです。

いいことがあれば
ラッキー
だし

よくないことであっても
この現象は宇宙が僕に何を教えようとしてくれているのだろう?
どんな気づきを得るのかな?

みたいに、全部オッケーになっていくのです。

それに、不思議なんです。

そう思っているからかどうかはわからないけど、
現実問題として、いいことしか起こらなくなってきます。

まあ、もしかしたら、ホントは最悪なのに、僕の感覚がマヒしてきていて
超ポジティブ野郎になっているだけかもしれませんが…(汗)
あるいはマゾヒストか!(滝汗)

いや、でもほんと最近、辛いこととか
思い煩うということが本当にないです。
(厳密に言うと、一瞬、頭を抱えてしまう… というような現象とか、状況は時々あります。でも引きずらないし、すぐに解決できます)


今日も長文になってしまいましたが、アップしたあとに、一応誤字脱字をチェックしようと読み直していた時に、
はっ!!!! 
と気づいたことがありました。

欝という、どん底の時に
メンターさんや、スピリチュアル系の本との出会いがあって、
やっぱり一番しんどい時に、そういう救世主みたいな人に会う…
という、いつでもどこでもベスト理論を書いてましたが、
灯台下は暗い… 
と、いいますか、一番大切な人のことをすっかり忘れていました…

そう… 
奧さんです。

奥さんとは、もう結婚して12年で、欝の時にピンポイントで現れたわけではなかったし、いつもそばにいるのが当り前だったので、あまり意識していなかったのですが、そもそも、この人と結婚したことが、最大のラッキーだったし、神のシナリオだったんだな… ということがわかりました(この奥さんでなければ、家族崩壊… してたと思います)。

もちろん、欝当時も、その後も、感謝はしていたけど、僕の感謝は全然足りない…

あれだけ迷走していた僕を、一番間近で支えてくれた人です。

感謝の気持ちを一生忘れず、これからの人生でいっぱい返していきたいと思います。
 ↑
 ↑
 ↑
( 理想と現実のギャップは厳しく、
  お調子モノでいいかげんな僕は、
  奥さんからダメ出しと説教の嵐…
  それが、僕の日常… です。Σ(´∀`||;)…(滝汗))


おすすめの本

もうすぐ、読み終わりそうですが、
尻上がりに内容が深くなってきます。
いい本に出会えました。
アマゾンレビューの評価が高いのがわかります。








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